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2014.03.20 (Thu)

『恋文日和』 も良かった-NOTE



人間は見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じない。

かといって、「大切なものは目に見えない」などと説いたところで、実際に見えないものを見ようとしても、大抵は間違うのである。

人生の慰めとは、その間違いの連続のなかにある、ほんの一瞬の幸福に出会うことなのかもしれない。あるいは、そんな慰めもなく、ただ不幸の連続のなかにあっても、その状況に屈しない精神力を見につけることを強いられているだけなのかもしれない。







BPO は『明日、ママがいない』を審議対象外にしたそうだ。

性描写や暴力シーンといった「わかりやすい悪」にはずいぶんと強気だが、『明日ママ』のようなお涙頂戴の「善良なドラマ」は扱いに困るのでお咎めなしということなのだろう。

この様相はスカイマークの「限定ミニスカ制服」の件と似ていて、「まったく問題がないとはいえないが良い部分もある」とかモニョモニョ言っているうちに、いつのまにか核心的な部分から皆の目が逸らされていくようである。あるいはただ、真剣に考えるのも馬鹿らしい、至極どうでも良い話題というだけのことかもしれないが。

それにしても、そもそも、例えば「天地神明」の佐村河内とそのフィクサーである新垣のコンビに「喜んで騙されていた」ような人たちに向けたドラマを垂れ流していたこと自体は罪にはならないのか、という気がしてくる。

抗議が寄せられた当初、日テレの関係者は「話題になってラッキー」とお気楽気分で喜んでいたという話も聞いたが、脚本家や出演者は、自分たちは飽くまで「性善説的な心持ち」でいたことを強調していて、それがまた薄ら寒い。

とはいえ、そんなことを言ったら『夜のせんせい』の内容だって、本質的には『明日ママ』と大差ないということになるのだが、個人的に好きなドラマなので許すwww







オトナが世間に溢れる事柄に関してなにかと「泣き虫」になるのは、さまざまなに変わる立場で経験を積み重ねたことによって共感力が高まるから、という理解の仕方がある。

その一方で、以前ある人が「オトナが涙もろくなるのは、自分のつまらない人生を悔いているからだ」と書いていた。わたしにはどちらも正しいよう思える。

実際、(結局、ほとんど中身を把握してはいないが、DISC に全話を移しているので観返すことは可能である)『明日ママ』を観たら、恥ずかし気もなく感動してしまうのかもしれない。

しかし、自分が「善い」と感じたからといって、それが正しいとは限らないのである。自分が「善い」と信じているものが、結果的に、自分や他人を大きく傷つけてしまうことはありえる。

ココロを動かされるような体験は確かに必要だが、それだけを無自覚に寿いでいると、足元を掬われる気がする。



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