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2013.11.24 (Sun)

ヒザ打ったイタタ-NOTE

さっき。夜。自転車。

車通りがなかったので、ズルをしてやれと車道を横断しようとしたら、分離帯の縁石があったことを忘れていてそのまま突っ込んだ。身体だけあちらの車線に飛び出して、たぶん、そこに車が来ていたら死んでた。(車のライトがあったら分離帯に気がついていたはずだけどな!)

あぶねー! 運が良かった。冬で良かった。着込んでいたから大したケガはなかった。

たぶん十年くらい前、寝不足のまま遠出して、ほぼ無意識のうちに(舟を漕ぎながら)自転車を漕いでいたことを思い出した。あのときは線路沿いの柵に突っ込んで「車道に出てたら死んでた」と肝を冷やしたけれど、これで二度目の「たぶん死んでた」体験。

みんな、交通ルールを遵守して、安全運転をココロがけてね! でないと死ぬよ☆







やっぱ「先輩」は嫌がられたなー。チラとあたまを過ぎったのは正解だったなー。まあ、同世代ということには変わりないので「さん」づけに戻すことにする。mei さーん。


以前、ある方が「人間は忘れるために書く」というようなことを書かれていて、わかるようなわからんような、といった記憶だったのだが。

mei さんが、自分の作品(の特にシナリオ)について「テキトー」だとか「すぐ忘れる」だとか強調するのは、それが事実であることはもちろん、根本的に、皆が思い描くいわゆる「創作」とは別の精神的ステージで動いているからなのではないか、と思えてきた。

つまり、どちらかといえば「日記」に近いものなのだろう。日々の生活のなかでのさまざまな感情(mei さん風にいえば「萌え」)を物語というカタチで具現化しただけ、という。

それならわたしにも覚えがある。この Blog に出てくる、ゴチャゴチャとした思考の残骸のようなものは、まさに「思いつき」を書き留めたものである。過去のエントリを読み返すと自分でもさっぱり理解できないことがあるが、それでもそれを記した瞬間には、そうしなければならないだけの意義が確かにあったのだ。

mei さんの言う「なにか」には、ノベゲ作品という「体」から創作活動が出発しているのであろう「小説書き」制作者との「意識の違い」も含まれているように思える。そしてまた、だからこそ一般常識に組み込まれた視点からのなんやかんやとした指摘が嫌なのではないだろうか。

まあ、「もう周りの評価とかシラネ!」と若干、迷いも吹っ切れたようでなによりである。


あと、やっぱり『Lightning Returns』ほしいかなあー、とか、わたしも思っていますが、最近米欧で発売され始めた次世代機のものと比べれば、PS3 / Xbox360 の「映像美」なんてスッカスカに思えてきますよ。情報量の密度がダンチなのです。ハードの転換期特有の虚しさ。







それと、『XIII』からの「ヴァニラ推し」のわたしとしては、またあきらかに出番少なそうで納得いかん。みんなみんな、ライトニングばっかりよう。そんなにイイ女かッ!

でも、伊藤かな恵さんが新キャラの声を担当しているそうで気になる。努力することならだれにでもできるー!



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