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2013.11.14 (Thu)

リアリティとは 共感力 である-NOTE

わたしも Free Novel Game 作品の感想でリアリティがあるとかないとか書いているわけだが、いざ「リアリティってなに?」といわれると、自分でもなんとなくのイメージで使っていたように思えてくる。

物語とは「書き手の脳内で解体された後、主観というフィルタを通して再構築された現実」のことである。そこには必ず「物語世界における創造主」である書き手の都合や意図が入り込む。本来的には「嘘」であるし「本物」でもない。

しかし、物理法則を捻じ曲げることなど朝飯前の物語世界においても、決して捨て置けないものがある。それは「共感」である。物語世界が現実と地続きでなければならない理由はそこにある。

人間は共感する動物である。そして共感がなければ感動もない。他人さまのココロを動かすためには、物語世界のなかにも「現実的な振る舞い」がなければならない。この「現実的な振る舞い」があるからこそ、舞台が「ファンタジックな異世界」だろうが「地球から何千万光年も離れた惑星」だろうが問題なく物語に入り込めるわけだ。

もちろん、この物語の持つ共感力は広く一般受けするものから、ひどく局地的なものまでさまざまあるわけだが、仮に共感力のまったくない物語は、それこそ宇宙人の書いた理解不能の文章となってしまうわけだから、書き手は「嘘をついてでも」読み手に共感されるように努めなければならなくなる。まあ、その「宇宙人の作文」にすら共感できてしまう人間がいるのが人の世の恐ろしさではあるが、それはあくまで例外、一般化できる話ではない。


このように、リアリティとは「その読み手が共感できる、物語のなかの現実的な振る舞い」のことであるわけだが、これは読み手の背負ってきた人生や生育環境、所属する国家や民族によってバラバラに異なるもので、そういった意味では「絶対的な指標はない」ともいえる。

だから書き手のほうも、「リアリティがない」と指摘されたからといって、それを間に受けて悩む必要はそれほどないのかもしれない。ただの経験不足から出たことばかもしれないし、そもそも、わたしたちが見ている世界がすべておなじであるとは限らないのだから。

ということで、わたしも自分の信じる「リアリティ」を、例え生き恥を晒すことになろうとも追求していくことにする。「NaGISA の大先生サマ」の物語世界はリアリティがないー! の耳ー!



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