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2013.10.27 (Sun)

「JUST LIVE MORE」=「もっとやったらんかい」?-NOTE



mei さんからコメントをいただきました

作品群をまとめて勝手に名前をつけたりしていたので、実際、どう思われているのかと心配していましたが、特に怒っていらっしゃらないようで良かった良かった。

mei さんが Twitter で「わたしも『萌え絵』が描きたい」と言いだしたのを読んで「ぎゃー!」と思っていましたが、どうやら諦められたようで、それも良かった良かった。

大きい書店のマンガコーナーや家電量販店のゲームコーナーに行けばわかることですが、いわゆる「萌え」と呼ばれるものは、全体のなかでいえば、ほんの一部分のジャンルにすぎません。実際はさまざまな方向性の絵柄が共存しているのですから、自分の作風をムリヤリ流行りに近づける必要はないと思います。

すくなくともわたしは mei さんの描くもの、好きです。Tweet に上げられている試し書きなども美しいと感じています。ただ、正面以外の横顔とかの表現が安定すればさらに良いのですけれど。まあ、そうカンタンにはいきませんよねー。







ひとくちに「レビュー」といってもそこには、それを記すレビュアーの希求するものによって、方向性の異なるさまざまな機能が与えられているのだといえる。

つまり、「製作者やプレイヤーの役に立つように」と望むのなら「コミュニケイション・ツール」としての機能を、「自分の感じたことを伝えたい」と望むのなら「自己表現」としての機能を、といったように「レビュー」の形態をとっているからといって、すべてがおなじわけではないのである。ただメンドくさいのはレビュアー自身、このレビュアー個々人が抱える意識の違いを理解しているとはいえないなかで「統一的な『善い』レビュー像」を論じたりする、この現実だろう。

わたしは、人間の欲求から生まれる「表現」は、社会的な「法」や「道徳」を超えた領域にあると信じている。だからこそ「自己表現」のレビューも「コミュニケイション・ツール」のそれのように「敬意だ配慮だ」という瑣末な気遣いをまるごと無視して、自分の書きたいように(悪口でもなんでも)書くことは「可能である」と断言する。

だが、この「可能」とは、それが「平穏で祝福された道」であるという意味では決してない。恨まれたり否定されたりが大半だし、どちらにせよツマラナイことを書いていれば他人さまからの賛同は得られない。

反感を買うような物言いをするということは、ヲサカナの「Aura の人」が以前書いていた「言い訳のきかない自分自身(の価値観)をさらけ出さなければならない」というレビュアーの、さらに最も過酷な立ち位置にあることを覚悟して、それでも続けられるだけのなにかしらを抱いた人間にだけ許された行為なのである。カンタンに逃げ出すようなら、はじめからするべきではない。

そう考えているからわたしも、名前も変えず、身も隠さずにこうやってグダグダと文章を垂れ流しているわけだが、れんれん堂の作品を上から目線でおちょくったレビュアーってだれね? もしかして、実況動画ん人? もう削除されたんかね?



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