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2013.06.28 (Fri)

「成熟」 とは 「息苦しくなる」 こと-NOTE

例えば、『ドキ!キュア』で使われているモチーフから「キュアエース」という名称を予測することはそれほど難しいことではない。しかし、なんの情報もなく、仮面ライダー新シリーズのモチーフとタイトルを当てるのは、もう超能力の領域である。

……あと半月くらいかなあ。







いままでわたしは、「NaGISA net」のレビューについて、いろいろとさんざんに書いてきたわけだが、ふと立ち止まって考えてみることにした。

例えば想像してみると、独立したエントリで、作品の Screen Shot まで載せた上で、肝心の本文が数行というのでは、さすがに成立しないだろう。そうなると、ある程度の文章量を稼げるような作品を選択しなければならなくなるだろうし、またそれによってレビューの内容が定型的になっていくこともある。もちろん、敵を作りたくなければ、製作者やプレイヤーにもそれなりの配慮をしなければならなくなる。

と、つまりはこういうことなのである。「NaGISA net」のレビュー形態は「NaGISA の大先生サマ」に文才がある・ないということとは別の、ある種の必然であるかのようにも感じる。


それと、「NaGISA net」の一覧性の高さと使い勝手の良さは特筆すべきことである。ここらへんの卒のなさは「大先生サマ」の性格的なものなのだろうか。

それにくらべて例えば、道玄斎さんの「久住女中本舗」は一覧性にかなりの難がある。直近のいくつかのレビューはフォローされているが、じゃあ一年前にどういった作品を取り上げていたのか、いままでにどれくらいの作品を取り上げたのか、ということはほぼわからないのだ。(エントリ下部・右カラムなどからタグ「レビュー」を呼び出すと、「エントリを上げた日付」と「タイトル」が一覧になって表示されていた。「NaGISA net」と見た目ほぼおなじ。タグの付いたエントリの総数もわかる。勘違い。ごめんなさい)もっとも、これは Blog という媒体のほうの問題でもあるのだが。

「NaGISA net」の高い利便性は、レビュー単体のそれというよりも、むしろ Website 全体としてその価値を高めているのではないか。彼のレビュー単体には読み手を知的に刺激するような要素はなにもないが、Free Novel Game の「良作カタログ」としては充分すぎるほどに機能しているのだ。

そしてその姿勢はきっと正しい。いつ読み返してもおなじような印象しか得られない一方で、作品についてなんとなく理解できたような気分にはなれる。彼の文章は、その「なんとなくの気分」を植え付けるのが上手いのだ。(そう、「大先生サマ」はノベゲ作品を独自の理論でいろいろとカテゴライズしてはいるのだが、それが作品本来の雰囲気を伝えられているわけではない。作品に流れる「空気」を捕まえることができるレビュアーはそういない)


とかなんとか、上から目線で書いてはいるが、だからといってわたしの「感想文」が優れているなどとはまったく思っていない。これはわたしの性格かもしれないが、過去の文章を読んでも特に感慨もないし、むしろ「文体がキモい」と悲しくなったりもする。

いちおう、カテゴリを呼び出せば、感想の本文を読まなくても作品の Website に行けるようにと気を遣っているのだが、これってきちんと機能しているのだろうか。

あと、わたしの「感想文」は、ある作品では数行、ある作品ではムダに長い、という正直な熱量で吐き出すのがおもしろいのだと思っている。というか、そこくらいしかおもしろいところがない。

褒められると嬉しいけれどねー。そもそも、知識の蓄積もなく作品を裁定することが「正しい」のか疑問になってきた。



脱法ハーブ、握手会、風営法、放射能、ダサいダンス、ダウンロード…… (´・ω・`)



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