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2013.05.02 (Thu)

3日も含めて ぜんぶ休みに すれば良いのに-Free Novel Games

まあ、休みが分割されたことによって潤う場所もあるのだろうから、なんとも言えないけれど。



とおりすが Z さんからのコメント:#373



「主流」「非主流」はそのイメージで良いです。

わかりました。

どちらかといえば、とおりすが Z さんは「キャラクタ性」寄りになっているノベゲにおいて、クラシックな「非主流」型が復権してくれれば、と望んでおられるようですね。




>商業作品はともかく「Free novel Game」だと、どちらのタイプも良くありますね。

例えば、複数人参加型短編集である『エイト・ストーリーズ』は、さまざまなタイプが見事に混在していて、見ていて面白かったですけれどね。立ち絵が用意されているにもかかわらず、あえて全画面でシンプルに構成されているシナリオもありましたし。




これは共同製作をすると痛烈に感じることですけど、全画面テキスト表示を作っている人でも下テキスト表示に対する憧れはかなりのもので、「立ち絵さえ用意できるのであれば」下表示にしたいって人かなり居ますよ。

わたし自身、そんなものかなあと思っていましたけれど、実際、良くも悪くも地味めな印象だった「NaGISA の大先生サマ」の作品も、立ち絵を駆使した「主流」型のノベゲに移行していっていますから、まったくないとも言えないようですね。

うーん、やっぱり背景画像だけの「非主流」型だと、一般ぴーぽーにはなかなかフックしないのかなあ。でも、いくら立ち絵があるといっても、画のクオリティや統一性といった部分で、すべてがすべてプラスに働くとも思えないのですけれどねー。

あと、「Free Novel Game」の立ち絵って、ほんとうに「立っている」だけなので、なんかツマラナイのですよねー。あれをちょっと工夫するだけで、ぜんぜん印象が変わると思うのですが、制作者のみなさんは、あまりトリッキーなことを考えるのが楽しくないのかなあ? とか思ってしまいますね。




共同製作の場合、下テキスト表示で作ることは既定事項といって良いですからw

あー、そうなのですか。

でも、考えてみれば、絵心や音楽的才能のまるでない、シナリオが書きたいだけの制作者でも、各種素材を駆使すれば「非主流」型のノベゲは自力で作れるわけで、それにもかかわらず、わざわざ他人と共同制作するのだから、どうせならオリジナルの立ち絵や楽曲を用いたいと思うのかもしれませんね。で、結果的に「主流」型のノベゲになると。

でも、立ち絵が主要キャラか、あるいはオンナノコだけ、とかされるとスゴイ冷めますけどね。共同制作とかはカンケーありませんが。




PC ノベルゲームの中での話なので、違います。96年にビジュアルノベルが生まれ、2003年からフルボイス化が本格的になります。

あー、そうなのですか。

個人的な感覚でいえば、PS や SEGA SATURN といった家庭用据え置き機の時代からすでに(厳密なフルボイスというものはすくなかったのかもしれませんが)ボイスでの演出は存在していたので「90年代半ばから後半」くらいかな、と思っていたのですが、ちょっと違ったようですね。




この間の作品はテキスト下表示とテキスト全画面を好む人でゴチャゴチャ言い合っていることも多く、テキスト全画面を好む人にとって下テキスト表示は邪魔だったのでしょう。無差別に演出を拒絶して「読み物だー、読み物だー」と言ってました。

あー、そういった論争がすでにあったのですね。すでにそこは越えてきた道なのかあ。でもそれ、ちょっと感情論的で不毛っぽいですねwww




それで、フルボイスがいよいよ本格的に根付きはじめた 2003年からは製作コストの問題もあるのでしょう。それまであった演出が一斉に消え去り、表情変化のみの演出にレベルが低下します。

とおりすが Z さんは「フルボイス化」と「画面演出」とのあいだに因果関係があると考えておられるのですね。で、その影響が、商業作品のコピーに陥りやすい「Free Novel Game」に表れていると。ふーん、なるほど。




(同時にテキスト全画面はキャラ表情が隠れるのを嫌われ自然と下表示が主流となってきます)

「全画面かつ立ち絵がある」ノベゲが駆逐(?)されていったのは、需要と供給による淘汰ということですか? ふーん、なるほど。




変わりに技術進歩したのは使いまわしの効くシステム関連です。ここから「読み物」と叫んでた人に都合の良い機能が盛られていきます。なので、自然と演出批判も小さくなりました。

「都合の良い機能」……「既読スキップ」「オート読み進め」「クイックセーブ・ロード」「選択肢までの直ジャンプ」「フローチャートでのシーンジャンプ」とかですかね。最先端の作品に触れていないので、若干ふわふわしていますがwww

「Free Novel Game」では、わりかしオーソドックスなシステムのものが多いので、あまり気にされていないのかもしれません。というか、わたしは内容に釣り合っていない、システム周りだけがやたら豪華な作品ってどうなの? と考えていますので。まあ、ただの好みですけれど。




例えば、演出をガシガシとやりたい人は、意気込んではじめのうちは無闇に動かすんですよ。それが、話が進むにつれて息切れして表情変化だけになるっていうパターンとか、戦闘シーンでアニメさせる気だった部分が挫折したのか掛け声のやり合いで終わってるとか、ですね。

確認しておきたいのですが、これは商業や同人だけでのはなしでもなく、「Free Novel Game」でもありえることなのですよね? そうだとすると、ちょっと見切り発車で計画性に欠けるノベゲ制作だとは感じますね。

これは「Free Novel Game」を外部から眺めていて感じたことですが、個人制作にしても共同制作にしても、きちんとシナリオを完成させた上で、それを指標として他の要素をかたちにするべきなのではないでしょうか。

サークルとかでも、肝心のシナリオがいつまで経っても仕上がらずに、いつのまにか作品がエターなることも多いですから。そうカンタンにもいかないことも理解できますけれど、だいたいシナリオ担当が言いだしっぺなのだから、「もうすこしシッカリしなよ」と思うこともあります。




文士目線では、下テキスト画面表示というのは1画面に表示できる文字数の制約を受けた窮屈な仕様です。

確かに。

でも、見方によっては、長文がダラダラと表示される全画面表示よりも、テキスト表示領域に制限があるほうが見た目に美しいということにもなります。というか、わたしはセンスのない全画面表示は、ハッキリ言ってキライですwww

ノベゲにはノベゲの表現方法があるわけで、それがイヤなら Web 小説でも書いていれば? と言われてもしかたがないかもしれませんね。




その縛りの中で負担を強いられている文士に想いが及ばす、演出の手を抜いているというのが共同製作されている作品をプレイした場合に「文士は小間使いじゃないぞ。負担押し付けるならキッチリ演出しろや」と思うときがあるのです。

これは個人的な恨みからくる主張でしょうか?www

どっちが負担を強いられているかを気にするとか、そういう不満が出てくるのは、お互いにちょっとコミュニケイション不足のような気もしますよwww




こういった類の作品は製作に燃え尽きちゃってるので、だいたい放置されます。

まあ、そうですね。そもそも、フリーゲームというものは、無料であることと引き換えに「ゲームを起動した際に生じる損害」や「不具合の修正」などの責任を負わないという「契約」で成り立っているので、放置されても文句は言えないのですが。

でも、だからといってこちらからの働きかけがまったく無駄だとも思えないのですけれど。



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02:00  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(1)

Comment

復権というよりも「非主流もっと頑張れ!」ですね。
押し付けは碌なことがないってのを実感してるので「望むなら自分で作るべし」なのです。

>確認しておきたいのですが、これは商業や同人だけでのはなしでもなく、

そうです。フリゲも含みます。

>うーん、やっぱり背景画像だけの「非主流」型だと、一般ぴーぽーにはなかなかフックしないのかなあ。

多分ですけど、立ち絵でアニメする考えは持っていても背景画像でアニメしようという考えが抜け落ちてるのだと思います。
そういう作品、今はあまり見ないのでイメージすることが難しいんじゃないかと。

「あふさきるさ」やりました?
この作品ってキャプ絵からでは中身が全く伝わってないので損してるんですけど。

面倒ならようつべとニコ動でうpされているので本編開始30秒程度みるだけで背景演出のインパクトを実感できると思います。

>システム周りだけがやたら豪華な作品ってどうなの?

ですね。オーソドックスで十分ですし「読み物」って声高に叫んでいたことで過剰に高機能化していったんだと思います。そして商業作品の場合では見た目の豪華さで誤魔化すことで労力減らせるので都合の良い言い訳としてそれに乗っかったのだと思います。

フリゲの場合は理由が違っていて、そのシステムは必ずしも作品を製作してる当人たちが作っていることばかりでありません。
高機能のシステムに羨望を抱いてネットに落ちているサンプルを拝借して製作してるケースも多いです。
元の自力が低いので立ち絵動かしてアニメしたいけど出来ないというのが真相だと思います。

短いネタでも良いので実際に試して動かせば見た目と違ってどれだけ大変か理解できると思います。
(慣れればどうってことないですけど、コツが分かるまでが辛過ぎて慣れようとする行動力ある人が少ないのでしょう)

>ノベゲにはノベゲの表現方法があるわけで、それがイヤなら Web 小説でも書いていれば? と言われてもしかたがないかもしれませんね。

前々回だかに書いたと思うのですが、そう言われてしまうと「映像ならアニメ・ドラマ・映画などの方がより表現が豊かになるでしょう?」で終りなのです。

好き嫌いはもう好みの問題で私にはどうにも出来ないので、「残念だけどアナタとはご縁が無かったですね。好きな作品に出会えると良いですね」としかいえる言葉がないです。

何をどうしたって不満をいう人は必ずいます。それを割り切れる胆力を持つことも作品をつくるのであれば非常に重要になります。
下手につついたり反発すると「ひぐらしのなく頃に」を製作した07thの現状のようなヒサンな状態になりかねないです。

>お互いにちょっとコミュニケイション不足

恨みと思ったことないけど、そうなのかなー? よく分かりません。

そして、ご想像の通り「製作の見通しの甘さ」ですね。
コミュ不足というよりも実現できるほどのスキルを元々備えている人員が居ないのです。
製作当初は能力以上のことを手が届く範囲のことと錯覚して無理してやってるので息切れするのだと思います。

あと、製作内での文士と絵師のパワーバランスですね。
akinoさんがそうであるように、テキストよりも絵が重視されがちなのです。

下テキスト表示という構成から想像できると思いますが、発言権は文士よりも絵師の方が高いです。

で、作品はシナリオがなければ成り立たない訳ですけど、極端なことを言うと絵は無くても作れます。
けど、絵が欲しくて参加してもらっているので無下に出来ないわけです。
そんな絵師は自分の絵を「素材」として位置付けられていることに少なからず不満をもってます。

つつき過ぎるとヘソ曲げて音信不通になるのも居ます。製作半ばでそうなるのは困るわけで、ハズレ絵師を引いたときに残念な出来になるのです。

こういった作品をプレイしたときに「これ面白いのに失速して残念だなー」って思うわけです。

>でも、だからといってこちらからの働きかけがまったく無駄だとも思えないのですけれど。

ですね。
アドバイスではなくて、自ら「ちょっと惜しいからオレが直してやるわ」って負担を被るなら場合によっては相手も乗ってきます。そうやって手を貸したこともあります。
燃え尽きてても本人が不本意に思っているのにかわりはないので非常に喜ばれますし、こっちはこっちでスキルアップの機会にもなるので刺激になります。

ただ、燃え尽きてるってことは組まれているスクリプトがお世辞にも読みやすいとは言えない状態なので、苦行的なそれを受け入れられればですけど。
とおりすが Z |  2013.05.02(木) 11:26 | URL |  【編集】

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