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2013.05.01 (Wed)

ノベル述べる Communication-Free Novel Games

テキストベースのコミュニケイションでは、すこししつこいくらいに説明しておいたほうが良いような気がしてきたよ。長いと読まれないらしいけれど。



とおりすが Z さんからのコメント:#370



改めて言いますけど、画像演出を主体とした現在主流の下テキスト表示の作品も好きなのですよ。

とおりすが Z さんのおっしゃる「主流」「非主流」をわたしなりに整理してみますと、「主流」ノベゲは画面が「テキスト表示領域」と「立ち絵やスチルなどの画像を用いた動的演出領域」とに分割されている「キャラクタの比重の多いもの」で、「非主流」ノベゲはテキスト表示領域が全画面で立ち絵などを用いないこともなるシンプルな構成のもの、といったようになるでしょうか。

商業作品はともかく「Free novel Game」だと、どちらのタイプも良くありますね。




なるほど。なら作品タイトルを挙げるのは参考にならないかもですね。

まあ、有名な作品ならちょっと調べれば雰囲気くらいは掴めるはずなので、すこし手間がかかるくらいですけれどね。




私は初期の頃から散々やりまくっているので、現在までの進歩の仕方を目の当たりにしてます。特に強烈に残っているのが初期作品に対する演出否定の批判です。この演出否定はフルボイス化が本格的になるまで続いて、ある意味ノベルゲームの方向性を歪めたと私は感じています。

とおりすが Z さんは、なかなか筋金入りなのですね。

しかし、「初期作品に対する演出否定」というものは、具体的にはどのようなものだったのでしょうか。ノベルゲームでフルボイスが本格化したのは、たぶん 90年代の半ば頃だと思うので、それより以前のことですよね? その当時の「ノベルゲーム」がどんなものだったのかも良く知らないので、どのように「方向性が歪められた」とお感じになったのかも教えていただけるとありがたいですね。




この辺りにも「読み物」と称する人と差別化をするために「メディアミックス」と称する動機があります。

なるほど。ずいぶん前から考えていたことだったのですね。いま、一般的に「メディアミックス」というと、ある作品がアニメやラノベやマンガやゲームなどの、複数のメディアで一斉に展開される、という意味になることからして、テキストと視覚・聴覚情報を組み合わせることを「メディアミックス」と称することが良くわからなかったのですが、こういうことだったのですね。なるほどなあ。

でも、そもそもノベルゲームがテキストベースの「読書体験」でなければならないとか、いちいち気にしている人っているのでしょうかねー。




>「商業の三軍」

ああ、なら良いです。

商品として作品を提供している同人は、さながら「商業の二軍」、そしてその同人の「体験版配布の場」になっているというフリゲギョーカイは「三軍」に過ぎないのか、と考えていたので。

いや、個人的には「Free Novel Game」が斜陽になっているという感覚すらないので、どうでも良いことだったのですが。




あえてボイスとテキストの併用で引っかかりを覚える点を挙げるなら、セリフを読むときに読点を無視して声優さんが独自解釈で喋るケースです。これには良い時もあれば、悪い時もあるので目立つんですよね。

それって、「メディアミックス」の難しさでもありますねwww




あと、作業感もホント意識したこと無いですね。ボタン押しについては、テキスト読んだら無意識に押しているし「そもそもそういうもの」と思ってます。

ああ、そうですか。まあ、それならそれで良いですが。

ただ、制作側としては「クリック回数=プレイヤーの負担」にまで気を配ることも必要かな、とも思うので、わたしはいろいろと考えてみますね。




私の説明が上手くなくて否定的な部分を強く感じているかもしれませんけど、「映像」と「ノベル」のどっちを取るか選択を迫られたとき、どちらかと言えば「ノベル」を取るというだけです。(略)私にとっては、意識したとき譲れない部分ではあっても、他人に押し付ける気まではないといったところでしょうか。

なるほど。そういうことでしたら、了解しました。




あと、完全に製作目線ですが、単純にテキストを削ることへの疑問は共同製作される作品や面倒臭がりな一人製作者に大きく絡んでます。文士が画像で演出と判断して書いたシーンが、絵師の都合で素材が用意できず実現しないケースがそれなりにあります。この部分は出来上がりが最悪です。テキストに修正を加えるか、何が何でも素材を用意させれば良いですけど、手習いでスルーしてる作品も多いです。そういう作品に出会った時は中途半端にするなら初めからテキスト主体で構成しとけと思ってしまいます。

これって、全体を俯瞰したとき、不自然にテキスト量が減っている部分があるということでしょうか? それは確かに目立つかもしれませんね。

まあ、「Free Novel Game」なら直接、制作者さんに該当箇所を指摘して、修正してもらうという手もありますけれどね。結果的に作品の完成度も Version も上がりますし、プレイヤー側から働きかけてみることも必要かもしれません。



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01:51  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(1)

Comment

「主流」「非主流」はそのイメージで良いです。
細かいこというと更に分かれるわけですけど、他からするとあまり違いは無いでしょうから。

>商業作品はともかく「Free novel Game」だと、どちらのタイプも良くありますね。

いやー、これは共同製作をすると痛烈に感じることですけど、全画面テキスト表示を作っている人でも下テキスト表示に対する憧れはかなりのもので、「立ち絵さえ用意できるのであれば」下表示にしたいって人かなり居ますよ。

共同製作の場合、下テキスト表示で作ることは既定事項といって良いですからw

一応「全画面で作っても良いんじゃない?」って言うんですけど、「その辺りはシナリオできてから決めれば良い」で流されてそのまま下テキスト表示で作りますからね。

>いちいち気にしている人っているのでしょうかねー。

私の言う「メディアミックス」は正確に伝わらないでしょうけど、何となく違うと思えれば良いのです。そこが大事。

>たぶん 90年代の半ば頃だと思うので、

PCノベルゲームの中での話なので、違います。
96年にビジュアルノベルが生まれ、2003年からフルボイス化が本格的になります。
この間の作品はテキスト下表示とテキスト全画面を好む人でゴチャゴチャ言い合っていることも多く、テキスト全画面を好む人にとって下テキスト表示は邪魔だったのでしょう。
無差別に演出を拒絶して「読み物だー、読み物だー」と言ってました。

それで、フルボイスがいよいよ本格的に根付きはじめた2003年からは製作コストの問題もあるのでしょう。
それまであった演出が一斉に消え去り、表情変化のみの演出にレベルが低下します。
(同時にテキスト全画面はキャラ表情が隠れるのを嫌われ自然と下表示が主流となってきます)

変わりに技術進歩したのは使いまわしの効くシステム関連です。
ここから「読み物」と叫んでた人に都合の良い機能が盛られていきます。
なので、自然と演出批判も小さくなりました。

で、いよいよシステム部分もやり尽くしちゃったから仕方なしに手付かずの演出に近年ようやく手を出しはじめたという流れです。

>全体を俯瞰したとき、不自然にテキスト量が減っている部分があるということでしょうか?

例えば、演出をガシガシとやりたい人は、意気込んではじめのうちは無闇に動かすんですよ。
それが、話が進むにつれて息切れして表情変化だけになるっていうパターンとか、戦闘シーンでアニメさせる気だった部分が挫折したのか掛け声のやり合いで終わってるとか、ですね。

文士目線では、下テキスト画面表示というのは1画面に表示できる文字数の制約を受けた窮屈な仕様です。

その縛りの中で負担を強いられている文士に想いが及ばす、演出の手を抜いているというのが共同製作されている作品をプレイした場合に「文士は小間使いじゃないぞ。負担押し付けるならキッチリ演出しろや」と思うときがあるのです。

>プレイヤー側から働きかけてみることも必要かもしれません。

こういった類の作品は製作に燃え尽きちゃってるので、だいたい放置されます。
とおりすが Z |  2013.05.01(水) 07:31 | URL |  【編集】

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