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2013.04.15 (Mon)

馬は合いそう だとは 思っています-Free Novel Games



とおりすが Z さんからのコメント:#363


とおりすが Z さん、コメントありがとうございます。



バイアス

うん、「その時々の発言で判断される方が実りがある」という主張はそのとおりだと思いますよ。

わたしの場合、活動拠点はほぼこの Blog だけですし、コンタクトをとってくれるのも、とおりすが Z さんのように「はじめまして」の方が大半ですから、相手の意図や人柄を判断するには、いただいた文章から読み取るほかありません。

そのような状況で何年も過ごしてくましたから、自然と「相手の発言のみで判断する」ことを実践していたと思います。ですから、とおりすが Z さんのおっしゃりたいことは、ある程度理解できているつもりです。

そんなわたしからしてみると、そもそも「固有 HN」と「信頼」との関係性が、とおりすが Z さんの思い描くそれと逆になっているようにも感じました。つまり、わたしのなかではコメントのやりとりを通して「信頼」が生まれ、その信頼を担保するものが「固有 HN」なのです。相手の存在の「一貫性の徴」とでも言いましょうか。「固有 HN」があるから「信頼」するのではなく、相手を「信頼」したからこそ「固有 HN」が意味を持つのです。

だから、例え「とおりすが Z」という HN が偽名であれ捨てハンであれ、わたしがとおりすが Z さんをはなしの通じる相手として信用している限り、「とおりすが Z」という HN は、わたしのなかで意味を持ち続けるのです。

と同時に、「一貫性」を重要視するわたしは、余計なバイアスがかからないように HN を使い分けるという人のことは、あたまではともかく、心情的には理解できないというおはなしでした。


おまけ。

ひとつめの例え。おそらく、なかなかクレイジーな自演をする人だな、と思うでしょうwww あとは、お互いのコメントを比較して、なにかを読み取ろうとするかもしれませんね。

ふたつめの例え。いえ、おそらく、より意見の内容を注視すると思います。わたしの敬愛する制作者さんが看過できないような馬鹿発言を吹聴していたら、ショックも大きいはずですから。まあ、例えばそれが「大先生サマ」のことなのですがwww




講座の意義

>教えたことはそれ以外に使い道がないものと思っています。そうではなくて、発想を変えて頭を働かせれば如何様にでも役立つよってことを認識してもらうことが一番相手の技術向上に繋がるのですよ。

うん、そのとおりですね。例えるならば、試験が終わった途端にあたまから抜け落ちていく「学校の勉強」と、道なき道を切り拓く「学問」との違いのようなものでしょうか。

確かに、サンプルを丸々コピペしてとりあえず動作するならそれで良いやと思っているうちは先がありませんよね。すこしずつでも良いからサンプルを解析して、きちんと命令文の役割などを理解できれば、自分のアイディアをかたちにすることもできるようになります。なるほどなあ。

とおりすが Z さんが「大先生サマ」に講座方面の素養がないと言っていた根拠がようやくわかりました。




NScripter

とおりすが Z さんは「NScripter」使いのようですね。そういう部分でも馬が合いそうですwww




「私論」

できることなら、とおりすが Z さんのノベゲの「私論」をお聞きしたかったですね。ノベゲについて深く考えておられる方のお話をうかがう機会は、なかなかありませんから。

あと、『あふさきるさ』を教えてくださってありがとうございました。さっそく DL してみたいと思います。



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03:15  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(1)

Comment

>ノベゲの私論

一言で表すなら「メディアミックスの体現」ですね。
テキストを主体とした画像と音の演出による融合を目指してます。
なので、現在のノベルゲームの主流からちょっとズレます。

こう思うのは
akinoさんも見たことがあると思います宮崎駿の「天空の城ラピュタ」との出会いです。
実はこの映画、小説版の前後篇が存在します。そして私は映画版よりも先に小説版を読んだのです。

内容はほぼ同じなのですが、冒頭の飛空船襲撃シーンには
ムスカがシータの家を訪ねて連れ出すという前フリがあります。
そういう経緯が画面越しに脳裏を過ぎるのです。

そして小説ならでは表現によって描かれたシーンと画面は完全にシンクロします。
画面だけでは何故ワイン瓶で救援を求めてるムスカの頭を殴って気絶させるのか意味不明ですけれど、
そういったものが補完されます。
画面に映し出された映像と小説に書かれた情報が脳裏で再生され相乗効果を生み
面白さが2倍にも3倍にもなって作品に引き込まれました。

作品は映画単体でも十分面白いけれど、
小説版を知っていると知らないとでは雲泥の差があると感じたのです。

この時の衝撃は今でも心に残っています。
小説と映画の組み合わせが原点なのは変かもしれませんけれど、
両方を見ていただければ私の感じたことが伝わると思います。

こんな感じです。でわー。
とおりすがZ |  2013.04.15(月) 15:46 | URL |  【編集】

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