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2012.06.20 (Wed)

Mere Impressions, Part 4-Free Game (Novel and Others)

黒と白。


* Check this entry out !! *



君と再会した日
「九州壇氏のノベル工房」:Novel

夜の湖畔にて
「蒼鷺旅館」:Novel

友達ゴッコ
「夢想茶(閉鎖)」:Novel

雪葬
「晴れ時々グラタン」:Novel

よるのもり
「晴れ時々グラタン」:Novel

ネバーランド
「BangBang U -revival-」:Novel

Long Long Rain
「長雨屋」:Novel (Choice)

単調に散る花 第一話
「ZipKreis」:Novel

シュランケンヘッド
「Fragment」:Novel (Choice)

去りし日の花
「Star Chasers」:Novel


mei / renren-do EP

T1 散華~ちるはな~

T2 この世の果てにとける雪

T3 遥か彼方の青い空

T4 蓮華~れんか~ 散華二ノ章

T5 アンジェリカ

T6 春の雨

T7 さよならに咲く花

T8 デッサン

T9 弾丸のルチカ

「れんれん堂」:Novel



More ......



>2012.06.20



弾丸のルチカ
さあ、おまえの罪を数えろ。


作品数を重ねることによって、いよいよ独自の制作方法を確立した感のある今作。余計な文章を極力削り落としてなお、雄弁に主人公たちの境遇・心情を物語るその手法は、ついに「断片的なシーン群」から「マンガ的表現で魅せる作品」への昇華を成功させたといえる。

内容に関しては、「れんれん堂」作品のなかではわりかしハッピーエンドだったのではないだろうか。ただ、これはある意味での「世界はわたしを中心に廻っている」というおはなしだったようにも思える。結局は「主人公がいかにして個人的な幸福を手に入れたのか」という結末だったし。

しかしこれは、作中でも言及されているように「善悪」のはなしではなく、好みの問題である。

[ My Heartbeats:200,000,000,000,000,000 pt. ]




>2012.06.15



散華~ちるはな~
あらすじ以上のことは、とくに起こらない。時代設定とともに、老成した雰囲気を醸し出すための「あの喋り方」なのかなあ、と思った。とはいえ、主人公の男の子は妙に現代的な語り口だった気がするけど。

「おまけのシナリオを読むとクリア情報が無効化される」という恐怖のバグ(?)があったのは残念だった。もう一度本編を読み直せ(どうせ短いのだから)、というだけのはなしだが。



この世の果てにとける雪
医療従事者が特定の患者に肩入れする、「わたしは籠の鳥、わたしをここから連れ出して」ってなおはなしは、良くあるほどにあり過ぎている感が。

やっぱりあらすじ以上のことは起こらないし、おまけシナリオでクリア情報がリセットされてしまうしで、まあご愛嬌。実際、ちょっとした別視点シナリオなんてどうでも良くなったのか、ここから先の作品ではすっかりなくなった。



遥か彼方の青い空
消しゴム。すべてが失われた後にそれでも遺ったもの、というのは確かに涙腺を刺激するわな。間違っても『メメント』みたいなはなしにはならないのだろう。



蓮華~れんか~ 散華二ノ章
横浜最速伝説。途中でちからつきたのでないのなら、「はやくニンゲンを辞めたーい!」といったところでしょうか。

それにしても、顔を布で覆っているのに「瞳がうんたら」と描写されるのは、これいかに。



アンジェリカ
「Romeo and Juliet」。いや、本編と関係のないタイトルからして、他に元ネタがあるのかもしれないが。

ひっそりと森を訪れていたわりには、従者がすぐに駆けつけてくるとか、やっぱり主人公は甘やかされていたのではないか、とも思える。それが「あの結果」につながるのも理解できるような。ああ、ロマンティックな「人の夢」よ。とりあえず「Cleopatra VII」を目指せば良かったね。



春の雨
二度目の情景。たぶんこれは偶然ではなく、「雪」や「雨」といった空模様と「病院生活(と「その先」にあるもの)」がココロのどこかで重なるのだろうなあ、と思う。ただの「癖」というわけではなく。その可能性は大きいが。



さよならに咲く花
姉妹の絆の物語。演出面にもちからを入れだした、という印象がある。ただ、冒頭のブラックアウト・ホワイトアウトの繰り返しは、ちょっとテンポが悪いかもしれない。

どうしても「そこ」にボールを放らなければ気がすまない、といいたげな、このブレのなさは、ここまでくると、とても信頼できるものであるともいえる、のかな。



デッサン
文章量が増大し、はじめて「物語」的な重量を持った作品。ただ、全画面表示の文章を、つらつらつらと 1ページ分垂れ流す、という形式は、作品のテンポとして見たとき、やきもきしてしまう部分だった。クリック回数が減るのは、良いのかもしれないが。



* bonus track *
「れんれん堂」の作品群は、どちらかといえば「短編読み切り」のマンガに近いテイストで制作されているように思う。すくなくとも、スチル的に挿入される登場人物たちのイラストに、ゲーム的な表現は似合わない。

しかし実際、「短編読み切りマンガ」的だというほどの長さでもないのだ。もっともっと断片的な印象が強い。そう考えていると、これはつまり、とある歌手の「studio album」を構成する楽曲のひとつ、といったくらいの「質量」なのではないかと、ふいに思った。作品をいったん「解体」して、その世界を「歌詞」として書き起こし直してみると、ちょうど良いくらいの、読み手に多くを委ねるような表現であるといえるのではないだろうか。

作品単体を「Free Novel Game」として見てしまえば判らないことかもしれないが、これはこれで、非常に一貫性のある作風だと思った。


一貫しているといえばテーマに関してもそうで、「別離」と、その究極点である「死」とが、すべての作品を通して繰り返し繰り返し語られている。次点として「恋愛」もあるのだが、意外と入るものと入らないものとがある。

この「死」への魅入られ方は、「夢見がち」ともいえるし、「無垢 Innocent」的であるともいえるし、「甘ったるい」ともいえる……が、そのすべてが「詩的」な領域で留まっているので、これはこれで良いのかな、という気もしてきた。この感じもなんだか、凡人が下す「アーティスト」に対する評価に似ている。


とりあえず、最新作も読んでみよう。容量から判断するに、またおなじような尺だろうし。

[ My Heartbeats:800,000,000,000,000,000 pt. ]




去りし日の花
過去の思い出「だけ」が、人生にひとときの潤いを与えてくれると思っている人間は、未来にある「美しいもの」を取りこぼしてしまう気がする。


「Free Novel Game」において、「無垢 Innocent」を表現するいちばんカンタンな方法は、「外側」の人物なり社会なりを、ひたすら「無能」であるかのように描く、というものであろう。

主人公やヒロインに害を成そうとする輩はたいてい「あたまの悪そうなチンピラ」ばかりだし、まったく重要でないクラスメイトなどは、生気のない「ただのモブ」としてしか描かれない。「関係ないから省略されている」というだけならともかく、どこか他人を見下したような表現がされることが多い。まあ、嫌味な性格の主人公の場合だけなのだが。

(余談。『PR : AD』で、背景のモブが完全な「影」で描かれていて、最初は、そのカラフルさになんだか違和感もあったのだが、いまの『PR : DMF』ではフツーに人間として描かれていて、なんだかちょっとさみしい気もする。今回は、作画のタッチがいまいち好みではない……)

そういったわたしのものの見方を適用すると、主人公が吐露する「無価値な社会に組み込まれ、ただ灰色の人生を送る」といったネガティブな「青写真」も、「エリートおぼっちゃんのモラトリアム」といった印象しか持てない。例え、この作品の主要なメッセージの「裏返し」として用意された境遇なのだとしてもだ。

だいたい、彼が「テンプレート」と呼んで嫌悪している人生設計も、この現代日本において、すでに破綻寸前ともいわれる恋愛市場での、稀有な「勝ち組コース」の代表のようなものである。もうフツーでもなんでもないものを当然のように甘受できると考えているところが、世間知らずの傲慢なところであるといえないだろうか。……いや、まあ別に良いのだけどっ!


ただ、「あとがき」で綴られている「もともとの出発点」の表現や、「絵師」さんとしての目標といった視点からこの作品を見ると、大成功しているといえるだろう。グラフィック的にはなかなか優れた作品である。

なんでもない背景かもしれないが、あの花畑は美しかった。あのクオリティの背景をコンスタントに描けるとすれば、これほどゲーム制作でココロ強いものはない。そういった意味でこの作品は、サークルの効果的な宣伝にはなっているかもしれない。


でも、Ending のちょっとしたムービーに 100MB 以上かける、といった発想は、プレイヤーに優しくないかな。あとたぶん、終盤に出てくる主人公の顔を見たら、エコーさんはヘソを曲げるかもしれないwww

[ My Heartbeats:90,000,000,000,000,000 pt. ]




>2012.06.06



Long Long Rain
ああ、あの日から、わたしのココロはずっと雨。


現実世界では、荷物は増えるし濡れるしで、ただただ鬱陶しいだけの「雨」だが、こと創作世界のなかでは、非常に印象的で美しいモチーフになるのだな、と思う。きっと人間は、空模様と自分たちの感情とを結びつけるのが好きなのだろう。


この作品をひとことで表すのなら、「自分勝手なオトコに振り回されるのはウンザリだッ!」ということだろうか。いや別に、そういうオチでもないのだが、なんとなく。

というか、「普段は友人の陰に隠れがちだが実は『美人系』の主人公が、持ち前の『消極性』をなよなよと発揮して、なんの因果か、ふたりのイケメンを魅了する」という「ぎゃるげ」も真っ青のモテ子っぷりなのだが、これで良いのか。「愛されるワタクシ」という自意識は、男女ともに大差ないのかなあ、とも思えてくる。

この物語の最終的な到達点に漂うロマンティックな雰囲気から振り返ってみると、序盤の End のハードっぷりはじゃあ、なんだったのか? という、長い長い夢の後のような気分にも、正直なってきたりして。演出としてだけの「病み」なんかー? とか。別にそれが悪いというわけでもないのだが。


反面、構成やユーザ・フォローはとても丁寧なしごとをしている。追加された選択肢まできちんとアナウンスしてくれる作品はなかなかないし、「Another Story」もただの「おまけ」というよりは、本編を完結させるために必要な要素として絡めている(目を通さないと、最後の Ending に到達できない)。こういった材料をムダにしない手際は好感が持てる。

ただ、これは個人的な印象なのだが、これもまた「640x480 pixel」の画面サイズが「見合わない」作品だったな、と思う。全体的にキレイに「着飾って」はいるのだが、どこかこじんまりとまとまっている感が強かった。それで「手作り感」が強まるというか。文章表示面がまた「縦分割方式」だし。

どちらかといえば、もっと余白の多いレイアウトで、ゆったりと見せたほうが良かったかもしれない。そうすることで、主人公の空虚な心情を表すことにも繋がる。わたしのなかでは、そういうイメージだ、というだけなのだが。


まあ、総合的にはとくに嫌味もない、手堅い佳作なのではないだろうか。ただ、もう公開終了しているむかしの作品が、好きだったのだけどなあ。

[ My Heartbeats:300,000,000,000,000,000 pt. ]




単調に散る花 第一話「残酷な花」
「あたまがすなお」系のオタクって、「パロディこそが愛」とでも言いたげなココロ持ちをしているイメージがあるよね。


まだ序盤も序盤、長い物語の「お披露目」の部分でしかないので、正直、なんともいえない……のが本音だわ。

ただ、「影響を受けた作品は、『AIR』と『ひぐらし』(確かに激似)」「小~中学生のときに書いた自作小説が『原作』になっている」といった、主に「クオリティ」的な方面で「え? それ、だいじょうぶ?」と心配になってしまうような「公式情報」を読むと、つまりは「そういうこと」なのだろうなあ、と思えてくる。

というか、『AIR』や『ひぐらし』といった、すでに「懐古」も懐古の「ド直球ノスタルジィ」でしかないようなコンテンツの「フォロワー的作品」を、いまさら製作してどうなるのだろう? と疑問にすら感じる。


内容的にも、判る人にだけ判れば良いというような「オタクの内輪向け」なボケをひたすら続けるなかに、登場人物たちの背負っている「なにか」を垣間見せる「不穏な」エピソードを挟み込む、という、やっぱり「どこかで見たようなことになっていた。

まあ、でも「痛い」ことは痛かったけれども、まだ許せるような方向性の「痛さ」だったので(一種のストレス耐性テスト?)、そこまで目くじら立てるようなことでもなかったかな。

とりあえず、「!」や「?」を不必要な数重ねたり、おなじ文字をムダ打ちして勢いを出すような文体「例:なにいいいいいいいいいい?!!?!」は止めようか。幼稚で馬鹿っぽいからね。


あと、「ひのき」がフォーゼの「ユウキ」に見えてしかたがなかったwww 雰囲気というか、イカレっぷりが似てる。

[ My Heartbeats:40,000,000,000,001,994 pt. ]




シュランケンヘッド
確かに、これを見るとホラーの題材にしたくなるわな。


非常に正統なホラー作品。個性の強い、独特のグラフィックスで統一された世界観はとても没入度が高く、とくに「音楽を聴いている」場面での一連のアニメーションは、思わず唸ってしまうほどの出来だった。また、効果音を使った演出もすばらしく、文章以上に臨場感を盛り上げていた。ただ、力が入っているだけに、周回プレイ時にネックになるというジレンマはありそうだが。

おはなしの筋だけみれば「とってつけたような」物語だが、そこはあまり重要ではなく、「予想がつきやすい展開」であるからこそ逆に、プレイヤーの「先読み」が上手く働き、結果、恐怖が倍増する、といったような相乗効果を生んでいた。

また、意外と多い Ending 数も、さまざまな「恐怖のシチュエーション」を体験するためだと思えば苦でもないし、また、そう思わせてくれるだけのクオリティであったと思う。つまりは製作者である「ずう」さんの思惑に、思いっきりハマっていた、ということだ。


最近、個人的に気になっている「画面サイズ」は「640x480 pixel」なのだが、この作品の場合は、「緊迫感」や「心理的な圧迫感」が、ちいさな画面に集約されている(とくにトイレに隠れる場面!)ような気がして、むしろ作品の雰囲気にあっていると思えた。


「Good End」後のおまけまで手抜きなく作られた良作。これが「Free Novel Game」だ。

[ My Heartbeats:530,000,000,000,000,000 pt. ]




>2012.06.04



雪葬 version 1.0
死と恋のメランコリア。


この「唐突に始まる逃避行劇」を、ただの「陳腐」だと斬り捨ててしまうこともできるが、しかしこの「書かずして描く」を徹底した物語は、その終着点の情景もあいまって、結果、とても美しいものとなっていた。

それはまさに「恋」とおなじなのではないだろうか。恋とは「知りたい」と「知っている」のあいだの、ごく短い距離を指す。そして、すべてを知ってしまえば恋はそこで「死ぬ」。

あえて知ることの適わない「謎」を残し、また「知っている」のギリギリ前で踏ん張ってみせるこの物語は、自らを永遠の内に閉じ込めたともいえる。


さて、その「内面」と違わず、深深とした雰囲気を醸し出している、この作品の「外面」部分ではあるのだが、画面を中央で縦に分割し、その片側を文章表示面として利用する、というレイアウトは、すこし「おしい」と感じた。

「640x480 pixel」という画面サイズも手伝って、どうしても文章が窮屈で「詰まった」ように見えてしまうのだ。わたしが「閉所恐怖症」気味であるということはあまり関係ないにしても、1行の内の文字数は、ある程度ゆったりと指定されていることが、やはり望ましい。


思うに。「Free Novel Game」が製作者とプレイヤー、お互いの「自意識の響きあい」であるとするなら。作品に対する想いとは、「愛する」よりむしろ「許す」のほうが表現として適切なのではないだろうか。

積極的に肯定し、自らの内で神格化させるよりも、ただ相手の在り方を受け入れ、傍に寄り添うようにしているだけで良い。これもまた「恋」のような所作である。

もっと「Free Novel Game」と恋をしよう。

[ My Heartbeats:500,000,000,000,000,000 pt. ]




よるのもり version 1.0
生きろ生きろ生きろ、または、死ぬな。


青が冴える美しい夜空と暗い森とが見守る、無限の巡礼、「個」よりの祈り。

本編読了後に解放される「あとがき」を閲覧すれば判るように、この作品を制作するに至った「動機」と、物語に込められた思いとを鑑みれば、実に自らに忠実な内容だった。

ただ、「あの日」より国内外で湧き上がった「希望」を、どれだけ人々が口にしようとも、それを超える「悪意」と「現実」とが一向に取り除かれず、いまもわたしたちの前に立ち塞がっているのだと思うと、暫しことばを失うことにもなる。

わたしたちは、未だに明けぬ場所にいるのだ。

[ My Heartbeats:490,000,000,000,000,000 pt. ]




ネバーランド version 1.01
性と死のノスタルジア。


ある人物の「妄執」を描いた物語は結果的に陳腐になりやすいとは思うのだが、この作品は文章の「ぼかし具合」も巧みで、どこか突き放したような渇いた雰囲気のまま、わりと抵抗なく読み終えることができた。

ただ、「無垢 Innocent」を高らかに謳う「愛と正義」の物語とおなじように、薄暗い「破滅の夢」にある種の美しさを見出そうとする「死と暴力」の物語もまた定型化しやすい。ただ「側」が違うというだけでは、ウンザリ感は否めない。

まあ、「だれかの人生」のような「生きた物語」を紡げるのだとしたら、さっさとノベゲ製作など辞めて、プロにでもなったほうが良いのだが。


演出面について。メインとなる「パラレルワールドへの入り口」画面が、「ボタンが反応しないため、クリックが有効なのか判りづらい」「物語が進展したことが判りづらい」と若干不親切にも感じたが、「ある局面」での演出は、なかなかおもしろいものになっていた。

また、レイアウトの都合上、サイズはそれほど大きくないものの、なかなか独創的なアクリル画が全編に渡って鑑賞できるので、それを目的に手を出してみるのも良いかもしれない。こういう、「商業作品的に追求された美麗さ」とも「牧歌的な手作り感」とも違う、「個性的」な佇まいは大好きだ。

背景音楽のどこか物憂げであり儚げであり、といった選曲も含め、芸術的な素養も感じさせるものがあった。


この「停滞した白昼夢」のような読書体験を、あなたも味わってみてはいかがだろうか。

[ My Heartbeats:510,000,000,000,000,000 pt. ]




>2012.06.03



君と再会した日
「The Hole」の影響下において、ヒトはその身に「星の定め」を宿す。


例えば、「異文化」に対して何度も何度もアクセスを試みるのは「探究心がある」というより「ただの馬鹿」なのではないか、とか、人間、いままで嫌いだったものを急に好きになったりすることがありえるのだろうか、とか考えてしまう。これはひとりごとだが。

ただ、「冷静に噛みしめてみれば納得できるが、面と向かっていわれると、なぜかムカツク正論」というものがこの世のなかには確かに存在し、そして、つい無自覚に悪意なく、そういった正論を口にしてしまう人間もまたいるのだ、と実感した今日この頃。


さて、この作品のはなしをしよう。

序盤、小学生時代を回想するのだが、そのなかで感じたのは、「こんな小学生、キライだ」ということだwww とくに主人公のセリフ回しがね、好かない。

思うのだが、年代・性別・地域でまったく異なる口語を、自然かつ的確に表現するのは、とても難しいことなのではないか。はっきりいってこれは、才能しだいだ。わたしにだって、正解がなにかは判らない。だからこれは、別に責めているわけでもないのだ。


中盤、同窓会のために故郷に戻ってきたことで、いよいよ「現代」での物語が進んでいく。そのなかで、プレイヤーをミスリードさせるための「トリック」がいくつか仕掛けられている、のだが、なんかこれ「荒い」わー! 具体的にいえば「偽・宮田さん」の部分だよっ!

確かに、その前に「伏線」は張られてはいるのだが、あの展開だったら、フツーは素直に信じてしまうだろっ! そのわり(騙された)には、真相が「うっかり」判明したときに思わず口をついたのは「やられたっ!(嬉しい誤算)」ではなく、「そりゃねーだろっ!(つまんない罠にはめられたよう)」だった。

というか、「時を経て変化してしまった(ように見える)彼女と、どういう関係を築くのか?」に興味が移っている(実際、そういう展開になるのかと予想している)のに、その矢先に「実は別人でした~!」とかやられても、「もぉ~、ちょっとヤダぁ~」とかいえるほどオトナじゃねーよ、わたしはっ!

例えば、「みんなが茶化すくらい認知されている」事実であるのなら、喧騒の輪に入っていないとしても、かんたんにネタが割れるはずである。なんで「ふたり」は教えてくれなかったのよ。それに、そんなにデカい声で会話しているのなら、ひとことくらい「本名」を叫んだのが耳に入ることだって、あり得るではないか。

あるいは別に視点から、それだけの「大物」であるのなら、そこらへんにパパラッチがいるかもしれないのに、ずいぶんと無防備だな、とか、いらない感情がつぎつぎと湧いてくる場面だった。これは良くないよ。御都合主義、JYOU-TOU !! どこが巧みなのかっ!?

まあでも、「宮田さん」と会話できた嬉しさのあまり、すごい物分かりの良い風を装って、その実「ただの勘違い」だった主人公の絶望感には、同情できるかな。「ざまあwww」というほどの意味で。


そして終盤、主人公の「決して楽観的には見えない」家庭環境があきらかにされる。製作者である「九州壇氏」さん(「氏」をつけるとわけ判らなくなるwww)の Blog を見ると、「介護」か「医療」か「福祉」か、とにかく、わりと「そちら」に近い職場で働いているのだと推測されるので、ある意味での「試練」として、良く知った「現実」を背負わせたのかもしれない。

そしてだからこその「生まれたからには生き続けるべき」というメッセージなのだろうが、なにか後味が悪い。はたしてこれは「1年後の再会」だけを支えに耐えられるようなことなのだろうか。

「薄情」だとか「ひとでなし」だとか難じられるかもしれないが、こういう問題は自分ひとりで背負わなければならないものなのだろうか。母親を介護施設に託し、あきらかにノイローゼに陥っている父親に適切な治療を受けさせるのは、つまり「他人さま」の助力を得るのは悪いことなのだろうか。あるいはもっと単純に逃げてはいけないのだろうか。

まあ、先立つものがなければどうしようもないのだけれど。結局「Money」さ。地獄だわ。


どっかの作品みたいに「ただ平坦で甘ったるいだけ」ではない、人生のカラい部分も描かれていることは評価できる。だが、やっぱり「なにかが」違う。

ただの邪推で申し訳ないが、「九州壇氏」さんは、作中の主人公のように本気で自分のことを「クズ」だと思ったことがないのではないだろうか。というか、主人公自身がどこか(無自覚ではあろうが)尊大な部分がある人間なのだわ。わたしのようなものから見ると。

まあ、「大先生」が推す作品に、間違いはないのでしょうよ。

[ My Heartbeats:330,000,000,000,000,000 pt. ]




夜の湖畔にて version 1.0
「やったょ、ロケットのかぁみさまぁー!」は鬼気迫る演技だったwww


例えばこれが、「児童向けマンガ雑誌」の短編読み切りとして目にしたものであったのならば、まあ、悪くはないのかもしれない。そういう、「思春期以前」限定のストレートさはある。

しかしわたしも、単純に「若い」ともいえないくらいの年齢になってしまって、これを「娯楽」として楽しむにはもう、いろいろなことを知り過ぎてしまった。なんというか、晴れ晴れとした夏の青空のような馬鹿馬鹿しさだ。ただし、もう何作も作品を公開している現在、それこそが「ブレない個性」だということになってしまうのだが。

文章に切れ味があるわけでもないし、誤字脱字は多いし、もちろんシナリオにもツッコミどころはたくさんある。また、途中に挿入される「アイキャッチ」の作品タイトルと、右下に常時表示されているメニューボタンが、微妙に被ってしまっていたりと、全体の詰めも甘い。

ただ、そういった目に付く部分が山積みであっても、なぜかそれほどムカツキもしないのは、「ヒロインの顔がカワイイから好きになった!」と言い切ってしまう、(ある意味で正直すぎる)「朗らかさ」がそこにあるからかもしれない。


単純に「ツンデレ」が好きってだけかもしれないけどねっ!

[ My Heartbeats:10,000,000,000,000,001 pt. ]




友達ゴッコ Vra0.2
げえーッ! んなこったろうとは思ったけどさーッ!


まず前提として、やっぱりわたし「カワイイ」ものが好きなのだわ。しかも、わりと判りやすいヤツ。尊敬するマンガ家さんは「伊藤理佐」先生だし。

そういうわたしからすると、製作者である「夢茶むい」さんの画風はド直球だったわけ。それだけでもう、充分すぎるといえば充分だった。


ただ、美しい画面の「外側」である演出に、すこし難があった。具体的に書くと、

「短い文章が数行」>「BGM 停止」>「フェードアウト」>「アイキャッチ」>「フェードアウト」>「次の場面」>「BGM 再生」>「最初に戻る」

の繰り返しなのだが、これはさすがにテンポが悪すぎた。まあ、これは後々語られる(と予想できる)「裏側」で文章量が増えるのかな? とも思っていたのだが、そういうわけでもなかったし。


しかし、「夢茶むい」さんの「ことば選び」の感性もまたすばらしく、あのほぼ 1行分の短い文章のなかでも、なにか恐ろしげな「深み」を感じさせて、思わず唸ってしまった。こういうセンスがわたしには足りないのだ。


あの「おまけ」での「いくぜダメ押しッ!」感からしても、短いながらも最初から最後まで一貫性を持った作品だった。製作中である作品もいくつかあるらしいし、これからの活躍が楽しみな製作者のひとりであると、陰ながら応援していきたい。



……と感動すらしていたのに、「夢茶むい」さんはすでに去ってしまっていたよ~!

DL した段階では確かに、いくつかの作品が控えていたのに。とてもカワイイ画風にドキドキしていたのに。寂しすぎるよっ!

どうして、どうでも良い連中だけが生き残って、わたしが好きな製作者さんは辞めていってしまうのだろう? 現実社会なんてダイキライだッ!

[ My Heartbeats:4,000,000,000,000,000,000 pt. ]


(2012.06.03 -2012.06.20)



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