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2012.05.23 (Wed)

無宗教者に 「懺悔」 はない-NOTE

信仰の対象を物質世界の「外側」に求める数多の宗教者よりも、目に見えない「絶対的支配者」に頼ろうとしない無宗教者のほうが、よほど困難な道を歩んでいると思う。

自分の信仰の対象(「金」「服」「車」「音楽」「二次元」「SEX」「DRUG」……)をすべて失えば、そこにはもはや「死」しか待っていない。「肉体の死」の前の、「精神の死」である。

そして、無宗教者には「死後の平穏」すら約束されていないのだ。



……と、そんな前置きなどまったく関係のないはなしをしよう。



More ......



「four leaved clover」さんとのことのおはなし。自己弁護にならないように努めるが、文句がある方はコメントでもください。



良く知らない方のために経緯をかいつまんで説明すると、むかし「four leaved clover」さんという学生3人組のサークルがあった。彼らは自作「Free Novel Game」、一作目の「完成前」から Website 上でアナウンスをかけ、他に Novel 作品なんかの連載をしていた。

で、コンテンツのひとつとして「製作日誌 Blog」があって、はじめのほうは積極的に更新されていた日誌も、いつのまにか更新頻度が減り、日記の内容もゲーム製作と関係のないものになりつつあった。その状況をわたしが茶化したところ、いきなり Website と Blog が消滅し、サークル自体が立ち消えになった……というはなし。


わたしが茶化したのは確か、メンバーのひとりが同人版の『うみねこ』の感想だかを書いていて、そのフックの文章が、「竜騎士のひと」の発言をそのままなぞったかのようなヒネリのなさで、それに「悪意」をくすぐられたからだと思う。

とはいえ、茶化すといっても、例えば「Semmy」に対してやるような、執拗で長ったらしいものではなく、あちらにリンクを張って、文章を数行足したくらいの、どうでも良い感じのものだった。

まあ、内容がなんにせよ、すでに賽は投げられたわけで。エントリを上げたその後このコメント(#96)がつき、「four leaved clover」さんはすがたを消した。


そもそも、このコメントが「four leaved clover」のメンバーさんの手によって書かれたものかも判らない。例えばこれが、きちんと彼らの名前がついていて、「あなたの『誹謗中傷』によって酷く傷つきました。ゲーム製作を続けていく気力も失せたので、もうサークル活動を終わりにしようと思います。さようなら」とか書かれていたらもっとクリティカルだったのだけど。まあとにかく、わたしも当時は「ほんもの」なのだろうと思ったのだ。

さて、「ハラスメント」の定義からいえば「程度」の追求など無意味なのだが、それでもいま現在のわたし自身の意見としては、このエントリがサークル解散の「トリガー」であったとしても、それが「根本的な要因」であったとは思えない。やはり、メンバーのモチベーションはそうとう落ちていたのだと思う。実生活が忙しくなって、時間的な余裕もなくなっていたのかもしれない。

Website や Blog を撤収するとしても、当然メンバー間での話し合いはあったはずで、それが「これ以上『攻撃』されるのは怖いので、すぐに止めよう」という会話「だけ」だったとは思いたくないのだ。……希望的観測だろうか。

とにかく、すべてはもう終わってしまったことだ。もしも、どこか別の場所、別のサークル名でひっそりと作品を完成させて、それが公開されているのなら、ある意味で「美しい話」になるのだが、残念ながら、似たようなあらすじの作品を見たことはない。


さて、「four leaved clover」さんの消滅を受けて、思わずコメントを書いてくださったのが「さち」さん(#99)である。

完成をすくなからず期待していた作品が製作サークルごと消滅したとき、その原因と思われる Blog が目の前にあれば、ひとこと文句でも言ってやろうと思うのは当然すぎるほどに当然だ。「さち」さん自身、とてもこちらに気を遣って、ことばを選んでコメントを書いてくださったのが伝わってくるので、「さち」さんに対して悪い印象を持つようなことは、いままで一度もない。

ただ、「さち」さんを突き動かしたのは、「わたしは損をした(=完成した作品を読みたかった)!」という「損得感情」であるとは思っているが。「さち」さんはコメントのなかで「道徳的な振る舞いをなぜしないのか?」とわたしを難じているが、それはなにも、わたしの今後を心配して忠告している、というわけでもないだろう。「おまえが余計なことをしなければ、わたしは損をしなかったのに!」という「やりきれなさ(と「道徳的振る舞い」とのあいだでの葛藤)」が、「さち」さんにわざわざコメントを書かせたのだと思う。

とはいえ、その感情を非難するつもりはない。というか、わたしも「損をした」のだから。連載 Novel の続きが読みたかったのは「事実」である。


この事件から学んだことを「いま」考えるなら、「できてもいないもの」に関してのアナウンスなどするべきではない、ということだろうか。それがサークルの一作目ならなおさらである。

とにかく、まだ完成するメドすら立っていないような時期から、作品情報をアナウンスするのは止めたほうが良い。どんなにサークルが無名であっても、世界にひとりでも作品の完成を期待するひとが出てきたら、製作側には、ある程度の「責任」が生まれてしまう。いくら、「義務などない」趣味の世界であっても、人間同士の信頼関係を裏切るようなマネは、充分に罪深いのではないか?

……まあ、わたしがいうようなことでもないか。


あ、あとひとり、コメントを書いている「あああ」というバカがいるけど。いまだに相手のコメント欄に文句を書きっぱというのが解せないのだけど。程度の低い「製作者」だなwww





素材サイトや製作者のサイトを多く見ていると、ひとのココロの移ろいが良く判る。別にきちんとした統計をとったわけではないが、活発に活動しているサイトよりも、更新が止まって、すでに長い時間が経ってしまっているサイトのほうが良く目につく。

もう完全に自分の作ったサイトのことなど忘れて「今日も疲れた……」とかつぶやいているひとがたくさんいるというわけだ。そう考えると、フリーゲーム製作とは、あるひとにとっての「過去」を利用することで成り立っている、ある意味「不可思議な行為」であるともいえる。


作品製作を止めてしまう理由は、それこそ「ひとそれぞれ」だろう。実生活の変化だったり、忙しくなって時間がとれなくなったたり、意欲がいつのまにかなくなった末の自然消滅だったり、逆にすべてをやりきったと自発的に卒業したり……。

Web 世界の大きな長所(であり短所)はココだろう。望むなら、一夜にして、いままでのすべてを捨て去ることができる。あるいはまったく違う人物として、新たに活動することができる。始めることも終わらせることも、実世界に比べてずっとハードルが低い行為なのだ。


こうなると、もう別に「Free Novel Game」に関して、もうなにを書いても変わりないような気がしてきた。つまりは、「賞賛」だろうが「中傷」だろうが、結局はあるひとにとっての「良い思い出」になるか「悪い思い出」になるか、それだけの違いに過ぎないのではないかと。そのひとの人生を決定的に変えるような類のことではない。

「応援のことば」が多く届いていたはずの実力のある製作者さんも、辞めるときはすべて「なかったこと」にしてしまったりするし、「悪口」をいくら書かれても、変に勢いづいて作品製作に燃えてしまう「Semmy」のような人間もいる。


そういえば、レビュアーが作品をたくさん取り上げて、どんどん応援すれば、ギョーカイ全体が盛り上がる……ということもなかったようだ。

レビュアーと一部の製作者が「近しい関係」になるようなことはあっても、「そういうひと」の作品製作数が格段に上がるというわけでもないようだし、あいかわらず来る者は来て、去る者は去るだけのこと。ただそれだけのことなんだなあ。



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03:45  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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