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2015.12.26 (Sat)

『 道玄斎のノベルゲーム漫遊記 』-mere impressions #040

nss40





古書オタクの「脳内漫才」で進むコラム、の群。

得意分野に関する知識の豊富さは素晴らしいのだけれど、問題なのは、そこから導き出される理屈があまりに平凡だということ。

毒にも薬にもならないオタク気質の典型という感じ。




まあ、そんなことはどうでも良いのだけれど。

コンピュータゲーム / ビデオゲームはテクノロジーの産物であり、世の技術革新に伴ってゲーム体験が劇的に変化する、ということが度々起こっている。

そういったゲーム史の流れから考えてみると、ノベゲは「数世代前」のゲーム体験だったといえる。「ノベゲが衰退した」と揶揄されることの裏には、それだけ「発明」されてから時間が経ったという意味も含まれている。

そしてそうなると、スマートフォンのゲームアプリに代表されるような「現在的な」ゲーム体験 (その功罪は別として) と、「世代」の異なるノベゲとを、単純に同列として扱って良いのか? という疑問が出てくる。

競技としてはおなじ括りでも、まったく違う種目 (例えば、競泳の平泳ぎと自由形のような) を競わせられる (はず) というのは、筋が悪いのではないだろうか。

実際、座談会のメンバーがノベゲにいまいちピンときていないのも、ノベゲの認知度が低いというよりかは、自分たちが普段親しんでいるゲーム体験とは「別物」の話なのだということを感じ取っているからのようにも見える。

わかりやすくジェネレーションギャップというか。(スマホが普及するずっと以前にノベゲの黎明期はあったのだから、ある意味、当然。お疲れさまwww)



結局、ノベルゲーム界隈の人はノベルゲーム界隈の人とつながっているわけで、それはそれで居心地がいいんだけど、内輪で完結しちゃう部分っていうのもあるでしょ。

いやいや、居心地の良さから内輪で完結していた「結果」が、この反応なのだろwww

呑気かwww 核シェルタのなかで、外世界が滅んだことにも気づかず人生を浪費している SF の主人公かwww



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00:15  |  +ちらし のうら かんそうぶん  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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