2019.01.30 (Wed)
break the chain
要は会見の雰囲気に水を差されたのが腹立たしいらしい。
あるアイドルグループが平成とともに役目を終える (時代を越えられなかった) だけのことで皆、なにを熱くなっているのかと感じる。
確かに、実際に映像を観てもあの場面、漠然と「無責任ではないか」と問うても、なにに対して無責任なのか不明だし、あそこだけ浮いていたのはそのとおりなのだろう。
ただ強いて挙げるのなら、最終的に「活動休止」という軟着陸をしてしまった部分は多少、無責任と言えなくもないかもしれない。
リーダーの大野が「いまの嵐」で活動を続けるつもりがない、そして「五人でなければ嵐ではない」というのなら (大野のもともとの意思どおり) 堂々と解散すれば良かった。
延命して期待を持たせることだけが誠意や優しさではないはずだし、いまの時代「何事にも終わりが来る」と示すのも強大な影響力を持つものの、ひとつの意義ではないか。
……だいぶ弱いか。
そもそも責任がない (決定権を持たない) からアイドルはどこまでいっても「アイドル」なわけだし。もともとないものを要求されても応えようがないわけだ。質問が悪い。
まあ、真剣に「辞めよう」と決意したのに、結局は「活動休止」にまで譲歩しなければならないところにアイドル (と大衆の関係性) の異常さがあるわけで、どちらかといえば「無責任ではないか」と問われるのは、この発言に怒っている (自身では無垢なつもりの) 連中のほうではないか。
質問者は確かに問い詰める相手を間違ったわけである。
(『news zero』つながりでいえば、さっさと「天才」を辞めちゃったぼくのりりっくのぼうよみとはまったくの好対照になりましたね)
2019.01.29 (Tue)
ファンの方には申し訳ないが
一年も寝かせてようやく手をつけた。
まず断っておくが (流し視聴でも感じとれるくらい) 出来の良いアニメであることは疑いようがない。ここに異存はない。
しかし、わたしには負荷が大きいというか、キモいと感じてしまったというか。なにか心がざわざわしたのである。
自分は、このお話を受け入れられないほどに人間が悪いのかと思うと、だいぶ落ち込む。
2019.01.22 (Tue)
「すぐに○○ロスと言う女」
ただ、「ペットロス」はわりと深刻な (後追いせんばかりに落ち込むような) 精神状態を指していたはずだが、一般に普及していくうちに「○○が終わって (なくなって) 悲しー」程度の (カジュアルな) ニュアンスに変化していった。(いまではドラマが終わったくらいで「〇〇ロス」が溢れるわけだ)
まあ、これがことばの宿命なのだろう。
2019.01.22 (Tue)
偽物は容赦なく焼け
そこで重要になってくるのは「感情」である。
しかもそれはだれかに与えられた「感動」や「勇気」などではなく、自らの内から底から立ち現れる感情。
一時の快楽の副産物ではない感情。容易に飼いならせない感情。
それが必要なのだ。
2019.01.22 (Tue)
憎悪の欲求
私は、「フリーノベルゲーム」は好きだけど、「フリーゲーム」が好きという訳ではなく(RPGなどは全くやらない。そもそもゲームやらない)、「フリーノベルゲーム」は好きでも、「同人ノベルゲーム」が好きという訳でもない。ノベルゲームファンの中でも、かなり特殊な部類に入るんだろうなあ。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月16日
『女が女に怒る夜』を観て大笑いしていたけれど、見渡してみればオトコにも似たようなのがいるよね。
例えば、「どうしても自分の感性がユニークなのだと売り込みたい男」とか。
(この程度の大別で「かなり特殊な部類」て……。他にいくらでもいるっちゅーねん)
私の中では「フリーノベルゲーム」と「同人ノベルゲーム」って似てるけど別物なんですよね。なので、フリーノベルゲームを「同人」って呼んでると、若干の違和感。同人ってコミケット辺りのイベントが発祥ですが、フリーは雑誌の投稿プログラムが発祥でしょうから、成り立ちも違うし。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月16日
なので、フリーと同人をくくるなら「インディーズノベル」なんだろうけど、私の中では両者はやはり別物。フリーはフリーで、同人は同人。私は、フリーならではの世界が好きなのです。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月16日
何のしがらみもない、純粋な作者さんの思いにじかに触れられるところです。たとえ少々荒削りでも絵がしょぼくても(お金をとって売るような作品でなくても)、そこが魅力です。 #peing #質問箱 https://t.co/7HF91iLCl9
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月16日
フリーノベルゲームは、何から入ったかで重視する点が違うように思う。ゲームから入った人はシナリオ重視、アニメから入った人は立ち絵の演出が凝ってるし、小説から入った人は文章重視、漫画畑の人はカット割りなどが面白い。そのごった煮感こそ、私がフリーノベルゲームを気に入っている理由の1つ。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月16日
同人ノベルゲームはあまり経験ないけど、同じような方向から入ってきている人が多いように見えて。それはそれで魅力の1つとは思うのですが、私はフリーノベルのカオスっぷりが好きなのです。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月16日
ここら辺だけ読むと、わたしと大先生になにも違いはないのに。
まあでも、世のなかの争い事って、そんなものか。まったく異なるなにかより、自分に近しいものにこそ、憎しみが集まるように思える。
だからこそ、さらに悲劇的なわけだ。
そういえば『女が女に怒る夜』からふと考えたのだけれど、上記のような大先生の「ユニークな俺」発言にイライラするのって、不思議ちゃんやぶりっ子に感じるそれに近いものがあるのかもしれない。
本人は善いと思って (自己アピールとしてなにかしら効果的と信じて) やっているのだろうけれど、傍目にはまったく逆効果というかなんというか。小賢しさもあるし。
まあでも、大先生の発言を受けて太鼓持ちをしているヤツのほうが嫌か。いないのかな?
2019.01.22 (Tue)
にわかの発言にイラつく人 の気持ちがすこし わかった
れんれん堂さんの作品なんですね。この方の作品は、一度は取り上げないとなと思っていましたので、今度プレイいたします。作品のご紹介、ありがとうございました! #peing #質問箱 https://t.co/IjXsg7cNTu
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月18日
大先生の tweet にれんれん堂の名前が挙がっていて死にたくなったwww
これで大先生にしたり顔のレビューをされたり、それだけをもってれんれん堂作品が持て囃されるようなことになったら、ちょっと耐えられないかもしれないwww
とはいえ、れんれん堂が (わたしが思っているよりもずっと) 評価されているのは嬉しい (そもそも mei さんの実力を信じていないのか? という話だ) し、mei さんの活躍をわたしごときが阻んではいけない。
※個人の感想です……ということで。
2019.01.20 (Sun)
わるい夢も ユメは ゆめ
ちょうど PS から PS2 の時代、ゲームの攻略本を集めていたので、このゲームの攻略本は持っているのだが、ゲーム自体はプレイしたことはない。アニメ版は観たのだけれど、当時のわたしに理解できるわけもなく……。(主題歌は良かった)
この作品のドライさは、90年代の世紀末的な雰囲気そのまま、そしてまだインターネットやデジタル世界に皆が希望や期待を抱いていたのだな、と感じる。(この頃まだ Google は生まれたばかり、SNS は存在もしなかった)
正直、インターネットはもう第二の現実や夢の楽園ではないと暴かれてしまった現在の感覚からすると「個人の人格をデータ化してネットワーク上で再構築して……」といった話も、あまりクールには思えない。
90年代まっただなかにいた頃はわからなかったが、振り返ってみれば確かにいまとは違う時代だった。それはもう取り戻せないだろう。
2019.01.20 (Sun)
物事をつまらなくする才能
そのなかで、動画主の方が大先生とおなじような主張をされていて、ちょっとだけ驚いた。主の方も読書家らしいので、似たような境地にたどり着いたのかもしれない。
曰く、「基礎があってこそ応用ができる。基礎がなければ奇をてらっても悪印象になる」そして「主人公 (登場人物) の精神的成長が描かれていなければ続きを読む気にならない」とのこと。
この主張が間違っているとは思わないが、エンタメ小説の読みすぎで、だいぶ毒されているのかな、とも感じた。
ここで、大先生とフリーノベルゲームのことを考えた。
上の考察動画で挙げられていた「なろう小説」は人気があって書籍化 (やアニメ化) までされた「商品」なので、一定水準以上の品質を求められるのは当然かもしれない。(しかし、書店の店頭に並べられた「商品」のなかで、ベストセラーを謳いながら、半年後にはゴミ同然になっているものの、なんと多いことか)
しかし、フリーノベルゲームは良くも悪くもシロートのものなのだから、そんな商業主義的な「常識」から少しぐらいはみ出しても良いのではないか。とわたしは思う。
だが、フリーノベルゲームでも「完成度の高い作品のほうがスゴい」となってしまうのが、それこそ「世間の潮流www」というものなのだろう。
もちろん、その評価軸が間違っているわけではない (どうあっても覆せない) のだが、やはりどこか釈然としない。
2019.01.16 (Wed)
それぞれの響き
おそらく大先生のような嗜好の持ち主からすると、れんれん堂の作品群は「娯楽読み物としての完成度が低いポエムもどき」にでも映るのだろうが、わたしはずっと、そのことば選びの感性に凡庸ならざるものを感じていた。それこそ「正しい日本語」にこだわっていては見過ごしてしまう輝きを。
そしてなにより mei さんの「書きたいから書く」というシンプルな欲求が小気味好い。
例え自分の作品が酷評されようとも泣き言もなく……いや、けっこう傷ついてはいるが、それしきの挫折では mei さんの情熱はかき消されないのである。
とにかく書き続ける。外部に向けた下心はほとんどない。そこが良い。
mei さんと友人になれて、わたしは幸福だ。
そして、せめて彼女の創作意欲の一割分だけでも、わたしにあればなあ……。
2019.01.16 (Wed)
退かざる者
私は別に旧作の方が好きという訳ではありません(新作も好き)。しかし旧作は公開直後にレビューがなければ、永遠に忘れ去られてしまいます。なので定期的に旧作を発掘しに行きます。ノベコレの隆盛により、手軽にレビューする機運が高まったのは良い事ですので、是非旧作にも目を向ける方が増えれば。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月10日
まあ実際は、私は別にそんな崇高な思いでレビューを書いている訳ではなく、楽しいから書いてるだけですが(笑)。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月10日
でも、少し古い作品に目を向ければ、フリーノベルゲームの世界には、大量の宝の山が眠っているという事は、アピールし続けていきたいと思っています。
大先生がほんとうになんの下心もなく、ただ楽しいだけでレビュー活動をしているというのなら、まあ、それはそれで良いのかなー、と思わなくもない。1mm くらいは。
NaGISAさんのおかげでノベルゲームの面白さはもちろん、バリエーションに富んだ物語の面白さを教えてもらったし、素敵な物語を作られるたくさんの作者さんと間接的につないでいただいているので感謝してもしきれないです。
— ykmr@ノベルゲームファン (@yokomura_novel) 2019年1月12日
RT>こうして、フリーノベルゲームの面白さを味わっていただければ、レビューを書き続けてきた甲斐があるというものです。これからも、1人でも多くの方に、フリーノベルゲームの楽しさを知らせていければいいなあ。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月12日
【新規レビュー】
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月10日
2002年の作品。オフ会でのどたばたコメディノベルは、今遊んでも結構新鮮。ティラノフェス最終日に17年前の作品をぶっこんで来る、安定のNaGISAクオリティ。
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第573回/それは眩しすぎる夏色の影 - 夏色の影(MA-LINK) https://t.co/W3OGFuuE25
このように大先生、「流行に逆らう俺 (あるいは、個性が明確に確立されている俺) 」を必死にアピールするものの、言動の端々に現れる「善を行使しているのだから自分は正しい」という傲慢な思い込みはまさに戦後日本の小市民根性そのままであり、その点でも、本人の好みとおなじように「王道」を (右に傾きながら) 歩んでるといえる。
そこもまた、彼に親しみを持つ一因なのだろうな。みんな善良なのだ、ただ単に。
2019.01.16 (Wed)
☆3 と☆4 の体感出現率が ほぼおなじという……
左から「イベント報酬3・4・4・3・4」「弁慶・女神・長靴をはいた猫・騎士・女神」
『少女☆歌劇 レビュースタァライト -ReLive-』です。
イベント三つ分ほどプレイしてみての感想です。
まず (screen shot のとおり) キャタクタの 3D モデルの出来が良いです。
表情のパターンもありますし、クライマックス ACT (必殺技) の演出も芸が細かい。
人によっては甘すぎるルックかもしれませんが、『DFFOO』の 3D モデルに若干の不満がある (お顔が……) わたしとしては、これくらいでも良いのかな、と思います。
この等身でもきょにゅーを出してくるのはもうアレですが。
ただ、ツラい部分もあります。まずはガチャ。
このゲームでは「舞台少女」(戦闘に出撃させるユニット。おなじ人物でも舞台の配役がそれぞれ別個のユニットとして用意されている)と「メモワール」(舞台少女毎にひとつ装備させられる強化パーツ)とがおなじガチャに入っているのですが、舞台少女がまーあ出ません。
いちおう、すべての舞台少女が最高レアリティの☆ 6 まで成長させられる上に、レアリティをあげるのに複数の舞台少女を必要としない (二体目以降は交換アイテムに変換される) のは、おなじアイテムやキャラクタを出し続けないと充分な強化が出来ない他のゲームアプリよりかは良心的に思えますが、その分、ガチャでの出現率は低いです。
確かに、いまはまだ舞台少女の数そのものが多いわけではないので、仮に「☆3 以上の舞台少女確定」枠を設けてしまうと、かんたんに舞台少女を集められてしまう (しかもそれぞれ一体いれば事足りる) でしょう。それではゲームの寿命を縮めることになりかねないので、わざと絞っているのだろうと推測はできます。その意図はわかるのです。
しかし、メモワールだらけの10連ガチャが続くと、さすがにあたまを抱えてしまいます。いくらたくさん出るといっても、このゲームのチーム編成にはコスト制限があるので、レアリティの高いメモワールはそうかんたんには積めません。
いちおう、100 連以内に☆4 が必ず獲得できる天井がつきましたが、それも 100 連なので……。まあ、育成にもけっこう時間と労力がかかるので、どちらかといえば舞台少女それぞれに愛着を持ってほしいのかもしれませんね。
それと、イベントがどんどん鬼周回になってきています。そのわりに仕様変更でスタミナが回復しにくくなり (いや、以前はあまりにも溜まりやすくて回復のタイマーが必要ないくらいでしたが) ……。
イベント報酬の舞台少女は (いまのところ) イベントの期間内でしかレアリティを上げられないので、またやる気が殺がれるという。
まだリリースされてからそれほど経っていないので、これからどうなるのかはわかりませんが、いまはこのような感じです。
2019.01.10 (Thu)
打っても響かない馬鹿
福沢諭吉は言いました。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月28日
「愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政府あるなり」
政府の批判ばかりする人は、一度この言葉を熟読すべき。
ではおまえは Samuel Johnson の「地獄への道は善意が敷き詰められている」ということばを百万回書き取りしろ。
去年いただいたひーまさんのコメントのなかにあった「いろいろあってふりーむ! に書き込んだ感想コメントを削除した」という話に胸が痛む。
大先生やその周りの人間は、ネガティヴなレビュー (感想、コメント、その他……) は制作者のやる気を殺ぎ、ひいてはそれが全体の不利益になると主張するが、しかしその一方で彼らが押し付ける善やモラルが巡り巡って多くの一般プレイヤー (あるいはその予備軍) のささやかな表現の芽を摘んでいるのかもしれないのである。
このように、当人たちは善を行使しているつもりでいて、その実より大きな悪を成しているさまを見るに、フリーノベルゲーム界隈というニッチな集団であっても、それを構成するのが生きた人間である以上、その時代が帯びる問題点から逃れることはできないのだと思い知らされる。
ティラノ、短編、ブラウザー対応ですかね。あとは、タイトルが文章とか(これはライトノベルもそうですが)。 #peing #質問箱 https://t.co/pI7HWll6oG
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月8日
特段、本人は隠しもしないが、大先生はすべてのジャンルを網羅しているわけではない。例えばホラーは読まないし、娯楽性よりも芸術性の強い作品も好きではないらしい。
もちろん、嗜好は人それぞれであるし、自分の責任で自分のやりたいようにレビューすれば良い。
ただそれも、たくさんのレビュアーのなかのひとりとして活動しているなら問題なく機能するだろうが、仮にこのまま NaGISA net が人気になって一極集中するようなことになれば、結局、ある一定の層以外の人々を取りこぼしてしまうことになるのではないか。
つまりは、レビュアーなんてちっとも万能ではないのだから、「フリーノベルゲームを (自分の手柄で) 発展させよう」「制作者やプレイヤーに影響を及ぼそう」といったスケベ心を抱いてはいけないのである。
そんな事でいちいちいらいらしていたら、世の中渡っていけませんよ(笑)。 #peing #質問箱 https://t.co/wEv4Z1ckoR
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月8日
そしてまた、単に自分が鈍感になってしまっただけのことを「精神的な強度を得たのだ」と思い違いしてはならないのである。
2019.01.09 (Wed)
ただ 愛妻家の凡人 でいれば良いのに
ティラノフェスがあと僅かという事で盛り上がっていますが、そんな世間の潮流に逆らうようにふりーむの作品をプレイし、ノベコレには上がっていない短編の名作を発見(質問箱でお薦めしていただいた作品です)。これは素晴らしい短編。この流行に逆らう感じが、実に私らしい(笑)。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月8日
自分の周りで盛り上がっている程度の話題を指して「世間の潮流www」とは、あまりの仰々しさを鼻で笑われるというものだが、要は「皆がスポーツバーでサッカー観戦しているのを横目に、わたしは (大手チェーンの) ファミレスへと向かった」だけのことであり、そんな人は他にいくらでもいるわけである。まず、ひとスベリ。
次の、短編の名作を「発見」というのも、前段にあるティラノフェスとノベルコレクションをかけて強調したかっただけなのかもしれないが、それを差し引いても、そりゃあ他人さまから教えてもらったのだから見つけられて当然だろうと、まったく意外性のないことを大げさに自慢してみせるさまで、さらにひとスベリ。
そして「世間の流行に逆らう俺カッコイイ」アピール。重ねて書くが、極々局地的な賑わいを「世間の潮流www」と呼ぶとは、事実誤認の印象操作も甚だしいわけだが、この「流行に逆らう感じ」も例えるなら「中学生が合唱コンクールや体育祭の練習に背を向けている」程度のことである。なんのことはない。
別にだれがなにを誇ろうともいっこうに構わないが、単純にダサくはないか? しかも (笑) で余裕のジョークぶっているさまがまた始末が悪い。これで自分では面白いつもりでいるのだから。
しかし皆さん、こんな程度の低いマヌケに、やれ「あなたの作品はここをこう直せば良くなる」だの「批判だけのレビュー、存在価値ゼロ」だの「正しい日本語を使えないと恥をかきますよ」などと「説法」を受けて、腹が立たないのだろうか。
大先生がそれなりにチヤホヤされている様子を見て、理解に苦しむ。ただの類は友を呼ぶ=「馬鹿ホイホイ」なのかもしれないが。
2019.01.09 (Wed)
ヘイト管理
ティラノフェスがあと僅かという事で盛り上がっていますが、そんな世間の潮流に逆らうようにふりーむの作品をプレイし、ノベコレには上がっていない短編の名作を発見(質問箱でお薦めしていただいた作品です)。これは素晴らしい短編。この流行に逆らう感じが、実に私らしい(笑)。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月8日
いやいやいや、「ふりーむ!」はフリーゲームを扱うサイトとしては大手でたくさんの人が普段と変わらず利用している。薦めてもらった作品を DL しただけのことを「発見」と手柄の横取り自画自賛。
そしていつもの「世間 (の流行) に逆らう俺カッコイイ」アピール。文尾にちっともおかしくない(笑)……
な ん ぞ こ れ!?
やはりこのフリーノベルゲーム界隈の大先生 NaGISA という御仁は、根本的な部分で「人間がダサい」のだな、と痛感する。
別に、自分の生きた時代を引きずってしまうのはしかたのない、だれにでもそういう部分はあるとは思うが、それを差し引いてもこの寒いノリはいただけない。(特に、「自分は面白い」と思っているらしいところが「( 笑) 」の部分に透けて見えて嫌)
結局、「レビュートハー」「タダシイニホンゴトハー」などと常日頃のたまっている彼自身は特段、芸術や批評に造詣が深いわけでも古式ゆかしく生きているわけでも日本の歴史に見識があるわけでもなく、ただ過去……というより「ある時期に存在していたと一部の人間が信じ込んでいるニッポン像 (※これはイメージであり、実際の日本とは異なる場合があります) 」にしがみついているだけの大勘違い野郎だったわけだ。
これはつまり「あの日のイスラムよ、もう一度!」と奮闘しているテロリストの皆さんに通じるマインドの持ち主という証左であり、本人がどれだけ否定しようとも、充分、時代に流されに流されているわけで、そこがまたダサいことこのうえない。
……ということが理解できない人とはおそらくまともに会話が成立しないはずなのでそこはありがとうございました。
仮にこの tweet に対して「NaGISA さんやっぱめっちゃおもろいわあー!」と褒めそやすフォロワーがいるとしたら……人間やめたくなるわ。
2019.01.09 (Wed)
覇道
私が物語で一番重要視しているのは「因果関係の描写」。キャラがそのような行動をとった原因。主人公とヒロインが恋に落ちた原因。それらをしっかり描く。伏線も結局因果関係の描写の延長です。これがちゃんと描けていればどんなありきたりのシナリオでも面白くなる。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月28日
逆に言えば、これが描けてないと、どんなに斬新な仕掛けを盛り込んでも、イマイチな物語になる危険性が大きいと思っています。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月28日
これは確かにそのとおり。
色々な作品を読んで思う事ですが、ストーリーなんて別にありきたり、王道でいいんですよね。変に新しさを追求すると、よほど才能がないと、大抵訳の分からない事に。当たり前のストーリーでも、因果関係を丁寧に描写し、しっかり登場人物を作り込めば、それだけで十分面白くなります。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月27日
世のなかにはさまざまな人がいて、ある (知的・感情的) な刺激に対する反応も個人差があるようである。
個人的に大先生の「ありきたりで良いじゃない」という感覚がずっと理解できなかったのだが、大先生はおそらくおなじような刺激が続くことから快感や安心感を得られる人種なのだろう。
一方、ありきたりなんて「どこかで見たような」要素の集合体だろうと馬鹿にしているわたしは、新しい刺激からより大きな快感を得る人種のようである。(いまはやっぱり終わっていく『ルパパト』よりも二月に始まる『リュウソウジャー』のほうが気になる)
もちろんこれらはそれぞれの個性であり、どちらの反応も正しいわけだが、この小さな差異ひとつとっても、フリーノベルゲーム作品に対する評価基準が変わってくのだなあと、そしてその積み重ねが憎しみの根源となっていくのかと、どこか気が遠くなる。
2019.01.08 (Tue)
「貴様! あの名曲『Yeah!めっちゃホリディ』を愚弄するか!?」
なんでもかんでも横文字な風潮が苦手な私。「これは横文字使いたくない」単語10。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月29日
1. リスペクト=敬意
2. スイーツ=菓子
3. ハグ=抱擁
4. サーモン=鮭
5. シェア=共有
6. マストバイ=必携
7. アバウト=大雑把
8. キャパシティ=許容量
9. テンション=気力
10, モチベーション=意欲
あとは「リーズナブル=お手頃価格」「リベンジ=捲土重来」「アウター=上着」辺りもかな。外来語を正しく使えてればいいけど、めちゃくちゃな使い方してる例も多いし(リベンジなんて「復讐」だしなあ)。外来語が悪いとは言わないけど、創作に携わるなら、やはり母国語は大事にしたいですよね。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月29日
「アイデンティティ」のように、日本語で表記する事が難しい単語ならともかく、日本語で書くほうが簡単なのに横文字を使う理由が、私にはよくわからない。「モチベーション」なんて、「やる気」と言った方が百倍分かりやすいだろうに。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月29日
ついでなので、あまり使いたくない流行りの日本語。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月29日
1. めっちゃ
2. ざっくり
3. がっつり
4. 違くて(違くない)
5. 〜になります
6. 〜とか
7. のほう
言うほど私もちゃんとした日本語使えてませんけどね(笑)。でも書き言葉では上の単語は使いたくないなあ。
以前症例報告会で私が司会してた時、若い女の子が「爆睡」という言葉を使って、みんな目が点になった事があった。「報告書には違う言葉で書いておいてね」と苦笑いしながら言う私。いざという時、普段から使っている言葉が出るものですから、言葉の選び方って大事だと思うのです。
— NaGISA (@nagisa1770) 2018年12月29日
お年寄りが世を憂う気持ちもわからなくはないが、こういう頑迷な人種が、例えば大昔「カナなんておんなの使う文字だぜー!」とか言っていたのだろうなあ、と思う。
しかし、「ことば」とは徹頭徹尾、コミュニケーションのための「道具」であり、人間の生活のなかで使われるものである。当然、生きている人間が扱うのだから時代とともに変化し得る。「ことば」は博物館にうやうやしく展示するような性質のものではないからである。
結局、大先生には造語の天才集団である女子高校生のような創造性は、かけらもないのだろう。そんな可愛そうなお年寄りのことばを真に受けている連中も、おなじくらい救いようがないのだろうなあ。
2019.01.08 (Tue)
人生とは 自らの行いすべてが無意味だった と気がつくまでの道程
ゲームのレビューに限らないけど、感想の基本は「1つ批判したら必ず1つ褒める」「最初はいい点を指摘する事から入る」だと思います。私が必ず実践できているかと言われると怪しいのですが……。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月3日
ただ、批判だけのレビューには、プレイヤーにも作者にもほとんど存在価値はないのだけは確かです。
日本人の口にする「多様性」が結局のところ大嘘でしかないことは、こういった人間が平然とのさばっていることからも理解できる。
ある表現 (フリーノベルゲーム、感想、レビュー、その他……) がどれだけの「存在価値」を持つかは、その表現に触れた個人おのおのの心が決める事柄であり、だからこそむやみやたらに (私刑のように) 検閲してはならないわけである。
仮に「批判だけのレビュー」が存在したとして、それがどれだけ悪辣、下品な文体であったとしても、その内容が真実を鋭く暴き出しているのなら、その内容がだれかの心に届かないはずはない。
(つまり重要なのは「なにを書いているか (内容) 」であって「どう書いているか (文体) 」ではない。内容が読めない文盲ほど、いちいち見た目を気にするものなのか?)
それを自分の流儀に反するから、あるいはただ目障りだからというだけで「ほとんど存在価値はない」と断罪するのだとしたら、まさにその「批判だけ (否定するだけ) のレビュー」とおなじことではないのか。
こんなことにも気がつかない人間の説教ほど虚しいものはないし、また、本人は社会貢献をしているつもりでその実、かえって多くの可能性を狭めているばかりというところに「偽善者日本人」の悲しさがある。
それにしても、トランプさんに頼らざるを得ない米国や、団結が失われつつある EU などを見ていると、人類の歴史には「理想が現実に負ける瞬間」があり、それがつまり時代の終焉なのだな、と考えさせられる。
そして、その終わりに社会の末端で加担し、加速づけているのが大先生のような連中であることは疑いようがない。
2019.01.08 (Tue)
くだらない使命感
ゲームのレビューに限らないけど、感想の基本は「1つ批判したら必ず1つ褒める」「最初はいい点を指摘する事から入る」だと思います。私が必ず実践できているかと言われると怪しいのですが……。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月3日
ただ、批判だけのレビューには、プレイヤーにも作者にもほとんど存在価値はないのだけは確かです。
私が昔、ポーランドの音楽院の教授にピアノの特別レッスンを受けた時、教授は私の演奏後、まず「とてもいい点が多くありましたね」と言い、その後あれこれ難点の指摘がされ、「これらを直せばもっと良くなります」と言った。指摘自体は厳しくても、こういう言い方ならやる気が出るなと思ったものです。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月3日
私の経験は主に音楽だけど、色々な人に教わると「教え上手な人は全然違うな」と思わされる(逆に、演奏はプロでも教えるのはからっきしな人ももちろんいる)。私は特に面白い物語は書けないけど、レビューを書くからにはそうありたいなあと思わされる年頭でありました。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月3日
ちょっとでもレビューを書けば分かるけど、批判ばかり並べるのは実に簡単。褒めるばっかりになるとなかなか難しい。そして「ここは良かったけど、こう直せばもっと良くなる」とやるのは、相当に難しい。
— NaGISA (@nagisa1770) 2019年1月3日
簡単な方に流れず、こだわって今年もレビューを書いていきたいです。
先日、書店で「名作小説をダイジェストにして読みやすくしたマンガ」を目にした。
これは要するに「この (わかりやすい) マンガを入り口にして (難しいと嫌厭されがちな) 文学作品に触れてもらおう」という意図を持った作品なのだろうことは理解できたが、同時に「これを企画した人間は、原作者である文豪よりも才能があるつもりなのだろうか?」とも思った。
長編小説から重要な要素を的確に拾い上げ、より短く再構築できるのなら、それは原作者以上の才能の持ち主ということになる。
当然、できると信じていなければ企画にもしないわけで、ずいぶんと思い上がった人間がいるのだな、とだけ考えた。
そして、これとおなじことは大先生にもいえる。
本人が謙遜することばそのとおりの、つまらない文章やお話しか書けない人間が、なにを他人さまに教えることができるのだろうか。
読書量が多いだけのことを根拠に、文芸雑誌の編集者気取りなのかは知らないが、ずいぶんと厚かましい態度である。
2019.01.02 (Wed)
どエラい おとしだま
現在、『DFFOO』では、元日 0時から始まったお正月イベントを含む、複数のガチャが開催されているのですが、
上記のふたつにおいて、表示されているすべての EX 武器を年明けの夜のうちに獲得することができました。
エアリス「ミスリルロッド」
エース「死神のカード」(復刻)
ノエル「ガーディアンエッジ」
セラ「フェアリーボウ」(復刻)
ロック「アサシンダガー」(復刻)
しかも、エアリス以外はすべてガチャチケット (確率 0.5%) からです。
わたしが消費したのは「無料分+5,000 ジェム+約 60 チケット」程度でした。
……なんなのでしょうか、これは。☆ 5 を表す金演出が入る度に EX 武器が出て、恐ろしいほどでした。
ほんとうに運営側が誤って EX 武器の排出確率を大幅に上げてしまったのでは? と錯覚するほどです。
でも、これでアフマウのイベントで追加される (はずの) ライオンの EX 武器がぜんぜんダメだったら嫌だなあ。
とりあえず、今回も面倒そうなレイドボス討伐をがんばります。
2019.01.02 (Wed)
ライオンに EX 武器はくるのか?
なんだか面倒になってしまって止まっていましたが、以前のエントリからこれまでに獲得していた EX 武器を挙げていきたいと思います。
レイル「ランペイジ・ジェゴン」(チケット)
アーシェ「覇王の剣」(チケット)
アリゼー「ミュルグレス」(11連)
セルフィ「クレセントウィッシュ」(チケット)
カイン「ドラグーンランス (復刻) 」(チケット)
プロンプト「クイックシルバー」(11連)
イダ「スダルシャナ」(11連・チケット)
『DFFOO』では、去年から「幻獣ボード」という新たな強化方法が追加されました。
これはボード上に並んだパネルを埋めていくことでキャラクタを強化していくものなのですが、そのパネルのなかには宝箱として「ジェム x300」「ガチャチケット x5」「ガードメダル x5」がボード一枚につきひとつずつ置かれているのです。
そのボードが現時点で召喚獣三体分三種類、参戦キャラクタが 100 人を超えているわけですから、計算してみるとけっこうな数になりますね。
この幻獣ボードの宝箱をコツコツと集めて、あまり欲を出して使い込まないように努めれば戦力増強はそれほど難しくはないのではないでしょうか。
ただ、ゲーム全体のインフレのほうが絶賛進行中なわけなのですが……。