11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月

2017.12.31 (Sun)

平成の 終わり に向かって-NOTE

2017 年も終わりでございます。



正直、今年はテンションが下がったままだったので、来年は復調すると良いですね。



なんてったって、18 は偶数で据わりが良い。合法的だし。



次いってみよー!



23:22  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2017.12.21 (Thu)

日本人ほど残虐な集団もない-NOTE

ある方が書いた文章を読んで気がつかされたのだけれど (というか、こんな単純なこともわからないとは、わたしもたいがい大馬鹿というものだが) そもそも力士の育成とはそれ自体がすでに人道にもとる行為であって、そこに疑いも持たず是とする時点で、暴力を批判する資格などないのだった。

日馬富士を批判していた連中も、健康な青年をわざわざ奇形化させる「伝統」という名の暴力に対してはなにも言及していないわけだ。

つまりは相撲協会やモンゴル出身の相撲人、そして日本国民 (特に「しっかりと真相究明をしてもらわないとこれから素直に楽しめない!」などとのたまっている相撲ファン) は皆、共犯関係にあるわけで「どいつもこいつもなにを綺麗事ばかり言っているのだ馬鹿」ということでしかなかった。(わたしも含めて)

(相撲関係者やその支援者は当然、すでに救いようがないが) この事件の後も「相撲ファン」を標榜しているような人間は、血も涙もない戦闘民族なので、マジで信用してはならない。



01:07  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2017.12.02 (Sat)

わたしも日本人-NOTE

……というか、そもそも相撲なんて 1mm も興味ないし、今後、角界がどうなっていこうが知ったことではないのに、なにを熱くなっているのだろう、と自問自答。


ただ、なにか釈然としないものはある。


「直接的・物理的な暴力はいけない」と言いつつも、明らか暴力を克服できているとは思えない日本人の数々の言動とかね。わたしもそうだけれども。



02:08  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2017.12.01 (Fri)

これが日本人-NOTE

考えてみれば、日本社会では「職業や立場に与えられた規範」を守らせることが最優先なのだな。

つまり、「力士」や「横綱」「親方」「芸能人」など、もっと広くいえば「母親」とか「未成年」とか「男」や「女」といった属性に見合う振る舞いをすることが個々人の人間的な感情よりも優先される、ということだ。

そうやって体面だけを取り繕う (あるいはその態度を相手に強要する) ことに慣れきっているから、外国には外国なりの国民性や矜持があるということも忘れてしまうのだろう。

あるいは青銅器や漢字とおなじように、日本文化に入ってきたものはすべて日本的に魔改造しても構わない (ハラスメントレベルの「郷に入れば郷に従え」) とでも考えているのかもしれない。


なんであれ、傲慢な内弁慶ぶりが世界から笑いものになる日も近いだろう。

いいぞ! もっとやれ!www



20:24  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2017.12.01 (Fri)

これが老害-NOTE

白鵬 (たち) は「あの人とはもうやっとられませんわ!」と意思表示しただけなのに「白鵬はワガママを言っている!」と憤慨しているやくみつるとかはなんなのバカなの?

普段はだんまりを決め込んでいるくせに支援者の前ではペラペラ喋る、ダサい政治家みたいな真似をした貴乃花よりかは、よっぽど勇気があるじゃん。


批判も覚悟の上での発言をまともに受け取らないことからも、横綱に対する尊敬の念のかけらもないことは明白。そのように形骸化した相撲界で「道」だの「品格」だのと争っている日本人の馬鹿馬鹿しさ。

実に腹立たしいわけである。



20:04  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2017.12.01 (Fri)

人権侵害レベル-NOTE

貴乃花がモンゴル人同士のつながりを問題視して、弟子を締め付けているのはおかしい。

仮にモンゴル人との付き合いを容認していれば、貴ノ岩も相手の気に障るような態度は取らなかったかもしれない。今回の事件に、貴ノ岩の親代わりだと公言している貴乃花の影響がないわけがない。

はっきり言って、貴乃花は信用できる人間ではない。ワイドショーなどでは彼のことを真面目だとか不器用だとかと (多くは擁護するようなニュアンスで) 評してはいるが、善人ならなにをやっても許されるのか?  まったく理解できない。


そもそも、日本の「国技」に従事して、日本語を上手く扱えるとはいえ、日馬富士も貴ノ岩も外国からわざわざやってきてくれた人たちではないか。

それをなにか、日本人に従うのがあたりまえ、日本人の意に反するから難ずるのはあたりまえ、という理屈がまかり通るのはやはりおかしい。

当事者の置かれている状況を考えもせずに「殴ったから悪い。あいつは最低」などとほざいている連中は、他人 (今回でいえば外国人) に対する想像力が欠如している。

これで良く、恥ずかしげもなく「多様性の社会」などと言えたものである。笑わせるなよ。


これからどう事件が決着しようが、どこまでいっても日本人こそが野蛮。モンゴルの人たちが憤るのも当然である。

白鵬の万歳三唱も「なぜ?」とか言われているが、あれも「 (横綱である前に) モンゴル人として理不尽と戦うぞ!」というパフォーマンスだったように感じた。

わざわざしなくても良いことをしたのだから、それなりのメッセージが込められていたのではないか。




00:58  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)
 | HOME |