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2014.08.23 (Sat)

初ゴキが なんでわたしの 部屋なのだ-NOTE

Jasmine さん。

今 8 本くらいの話を並行して書いてる。

作品が小規模であることを差し引いても「こんな制作者、他にいないよ!」という作業量をこなしているのだが、これが評価に直結するかどうかは別なのね、きっと。


それにしても、大抵の制作者は (「うさぎとかめ」でいうところの) 「かめさん型」で、コツコツと長い時間をかけて作品を仕上げていく (ことに精神的に耐えられる) ものなのだと思う。

それに比べて Jasmine さん (やわたし) は「うさぎさん型」で、「とにかく早くゴールして、次のレースに出たい」という欲求が強く、それは制作者としては不利な特性だと思っているのだけれど、Jasmine さんは集中力でそれをねじ伏せているのだなあ、と感心してしまうのだわ。


あと、タブレット端末があれば、PC なくても事足りるのか! という世間知らず。







ガムベースさんの論に対して、ただわたしの思いつきを突きつけるだけ、という「邪悪な」マネをしていて、結果、嫌われちゃったかな、と思っていたのだけれど、そうでもないかもしれないようで、ちょっと安堵。

やっぱり、相手の話も聞かなくては。



04:31  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2014.08.23 (Sat)

温暖化のキャンペーンか なにか だと思った-NOTE

NHK E テレで「市川房枝と平塚らいてうのヤツ」が再放送していたので、また観てしまった。

改めて観ていると、戦中の市川には「最終的な目的を遂げるためなら、どんな『邪悪』でも利用してやる」という、ある種の「計算」のようなものが少なからずあったように思えてきた。

「善い悪い」という二元論で単純化できない部分が (特に波乱の時代に生きる) 人間にはあるのだろうと感じた。


この「邪悪を利用する」というのは、例えば最近流行っている (らしい) 「氷水バケツ」のアレも似たようなもので、ユーメイ人の広告的パフォーマンスを利用して、市井の人々の関心と (「同情心」とすらも呼べない) 「かわいそうがるココロ」を得ようという魂胆なのだろうと思う。

これも当たり前の話だが、難病に苦しんでいるからといって、患者本人やその周囲の人間が、別に聖人であるわけでもないわけだ。

それにしても「どうせ、氷水かぶったことで心臓麻痺を起こして、それで死人でも出たら、急に手のひら返しするのだろう」くらいにしか思えないブームだわ。



03:52  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2014.08.15 (Fri)

アイスソード を 受け取ってくれー!-NOTE

「ガラハド、殺ってください」と言わんばかり。







三十分のバラエティ番組のなかで、ふたつの企画を流そうとしたら、それぞれが短くなってしまうのは当然のことで。まさか、BOX 化するときに、カットした部分を大量に収録しようとか企てているのか? とすら思えて。

とりあえず、『エビショー!』が面白いのは、大久保さんのおチカラですね。







『普通の女子高生が【ろこどる】やってみた。』を観ていて。

いわゆるお笑い文化が広く大衆に浸透した昨今、「ボケ・ツッコミ」に代表される一連のお笑い的なノリが (特にお笑いとは別の場所で) 安易に押し出される様相に、複雑な気分にさせられることも多い。

仮に、娯楽作品が現実世界の戯画であるとするならば、まさにこの作品はそんな感じ。嫌やわ。







『Yes! プリキュア 5』、やっとるー! という。

あと数日早く気がついていたら、あたまから観れたのに、五話目からかよー! という。

それにしても、あの (特に背景の) 「省エネ描画法」はなにゆえ? という。



00:34  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2014.08.12 (Tue)

「 cyclone rhinoceros 」 も あると思ったのに-NOTE



aiko の『カブトムシ』には特に思い入れのないわたしです。



小学生の頃、一度だけカブトムシを飼ったことがある。

フツーのちっちゃい虫かごに入れて、最初のほうは世話とかしていたはずなのだけれど、いつのまにかベランダに放置。

何週かして「たぶんもう死んでいるのだろうなあ」と思いながらも怖くて確認できずに、ついにそのまま忘却の彼方へ。

(母が処分したのだろうけれど)

それからというもの、「飼っているペット (最近は犬とかが多い) に、だいぶ餌やってないたぶん死んでる腐ってるどうしよう (死体を見れない) と延々、悩む」という悪夢をときおり見るようになってしまった。

これが起きているときなら「あれだけ自己主張してくる動物の存在を、餓死するまで忘れているなんてありえない」と冷静でもいられるのだろうけれど、いつもいつもすごい恐怖。



あと、通っていた小学校の近くに、通称「けむし公園」という聞くからにアレな公園があって、夏場とかはダメだった。というか、その小学校も、外付けの非常階段、段ごとにけむし這ってたことあった。恐怖の地雷原。

なんかアイツら、柔らかくてモニモニしているのが嫌い。オトナになってからあまり遭遇しないのは、コドモにしか見えないとか、そういうことではないのか。この季節、街路樹の下とかですら、いまでもすこし怖い。

そういえば、ポケモンの映画を観ていて、いくらポケモンとはいえ、デッカい虫のポケモンとか真剣にムリな人もいるだろうとか思った。モスラ (成虫) はカワイイと思っちゃうけれどね。実際は毛むくじゃらの蛾とはいえ、ポップだわ。

しかし、ひさしぶりのゴジラ映画、「もう二十年も前なのかコレ」と。確かにバトラとかスペースゴジラとか、懐か死ねる感じした。


当然、虫とか好きじゃない。







アニメ『月刊少女野崎くん』がすごーく面白いのよ。

「臭み」がないのよ。



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2014.08.10 (Sun)

今度は 「毒」 に寄った ドラえもん も作れば?-Hell in the mind.

『STAND BY ME ドラえもん』の特番を観た。

巷に「感動」や「泣き」を強調する娯楽作品がやたら溢れているのは、よっぽど世間が生きにくいという証左だろう。仮に、皆のココロが充分に満たされているのであれば、そんなものに頼らずともやっていけるはずだから。

わたしたちはいつか、ただ流すだけの無味の涙で溺れ、押し付けがましい感動の渦に巻かれて窒息すると思えてならない。

せめて、無垢と童心の貌などしてやるものかと、舌でも出してやらなければ。



それはそうと、『スクスト』のスポットのひとつに、垂らした髪が思いっきり身体に埋まっているコがいて、すごい気になる。というか、ひさしぶりにああいう「3D あるある」見た。



01:49  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2014.08.09 (Sat)

地で爆ぜた太陽-Hell in the mind.

「平和利用www」していたのだから、原発が爆発しても問題ではない (=わたしたちに責任はない) と言ってしまうニポンジンが、相も変わらず爆弾を落とされた日に「平和への祈り」もないだろうと思っているのだが、実は逆なのかもしれない、と考えた。

どんなに憎かろうとも原発に頼らなければ経済が立ち行かない。先進国級の生活水準を維持するためにはその他の国々の立場の弱い人々が割りを食うしかない。

文明の不可逆性の前には、もはやニポンジンは無力なのである。だから (死者たちを思い出しながら) 祈るしかない。もうそれしか手がないのだ。

わたしたちの罪はこれからも癒えやしないし、隣国の恨みは (政治的利用価値がある限り) 消えもしない。

あとは、外国人たちに愛でられる「ニポンとその国民」という「ゆるキャラ」の立場を究めるしかないのだろう。クールジャパン! クールジャパン! ジブリに乗っかりすぎ!



アニメとかマンガで、外国人の容姿というと、いつも「金髪碧眼」というのが、すでに「アメリカ脳」だよな、と『ハナヤマタ』とか観て思う。



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2014.08.09 (Sat)

ミンサガあるある (9年前のゲームだょ)-NOTE

・最終メンバーが揃うまでの、とりあえずの数合わせで入れているだけのキャラクタが、なぜか良く技を閃く。(ホーク! バーバラ! おまえらだ!)

・期限なく倒しに行けるサルーイン (運命石なし) なんて、ただのザコ。

・中盤以降、フロンティアはなかったことにする。(ニューロード通るのメンドくさいし)

・ディアナの「二段突き」がカワイイ。(片足上げるヤツ)

・アイシャの「ブレードロール」の飛び方が (ホークとかに比べれば全然) カワイイ。

・どういう基準で最大 LP を設定したのか良くわからない人たちがいる。

・なんか、9周目以降が本番っぽい。







Jasmine さんが、もうすこし世間受けする作品を作りたいのであれば、Jasmine さんの「個人的な萌え」に至るまでのプロセスを物語のパターンを組み込んでしまえば良いのではないか。

書き手の思い描いた場所まで、読み手を上手く誘導できるように、レールを敷いてあげるのは悪いことではない。もちろん、パクリなわけでもない。

Jasmine さんは、わたしなんかよりよっぽど小説やマンガを読んでいるようなので、パターンの蓄積がないわけではないはずだから、なんとかなると思うのだけれど。



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2014.08.09 (Sat)

食事の前に 観たいようなもの ではない-NOTE

『東京喰種』を観ていると「TV アニメでスプラッタって大変なのだな」と感じる。

もちろん、制約のなかで新たな表現方法を得ていくことはあるのだろうし、スプラッタ趣味のないわたしとしては隠してくれたほうが良く、むしろ「ありがとう」なくらいなのだが、それでもあの「闇のなか」の演出に対する違和感は、やっぱり拭えない。単純に不自然なのである。

むしろ、下手に言い訳せずにしれっと描いたほうが、逆にそれほどグロく見えないのではないか、とすら感じるのだが、これも世間の風潮、しかたがないのか。


しかし、考えてみると、人間の目というものは不思議なもので、よほど気合を入れて作り込みでもしない限り、偽物を見破ってしまうところがある。どんなに特殊メイクの技術が進歩したといっても、やはり「自然の、生身の傷跡」とはどこか違うのだ。

(それは別に悪いことではなく、その「偽物感」が、ホラーに対しての「ある種の安心」を与えてくれるのだとわたしは思う。だからわりと平気)

実写系のホラー作品が「虚」と「実」をどれだけ密接させられるかが勝負の世界とは違い、アニメのように、そこに描かれたものがすべての、端からふたつの境いのない世界では、むしろスプラッタシーンも生々しく見えてしまうのかもしれない。とかなんとか。

それとも案外、ソフト化する際に「闇が晴れたり」するのかしら?

でも『東京喰種』、面白いよ。OP でテンション上がって、本編で気分が塞ぐよwww







『普通の女子高生が【ろこどる】やってみた。』の舞台のモデルがどうやら、縁遠からぬ見知った地域っぽいということで、なにやら複雑。

(あれが、ロケハンなしのイメージだけでの風景だったら、逆に怖い)

「赤い犬の人 (の着ぐるみ) 」もカワイイとは思うけれど、正直、ぐんまちゃんのほうが素朴で良い感じでは、という。群馬ってキツネ出るの? という。



01:55  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2014.08.06 (Wed)

監獄ロック-Hell in the mind.

いまさらアクセスカウンタをつけたからといって、この先二、三年もこの Blog が持つのかという懸念はあるのだが、Jasmine さんの blog のカウンタがカッコ良かったので。

(だからほんとうは Jasmine さんが設置しているようなシンプルな見た目が良かったのだけれど、カワイイ系に走ってしまった。いくらでも変更できるのだけれどね)

まあ、ほんとうにいまさら、アクセス解析におけるユニークアクセスの数と、実際の (人間が訪れたときの) ページビューには誤差があるっぽいと気づいて、なんか気持ち悪くなったというか。

いちばん良いタイミングは、エントリが 1,000 を超えたときだったのだけれどねー。八月て!









この事件について、ある方が書いた文章を読んで。

マンガやゲームやアニメ、当然 Free Novel Game のなかにも「運命に立ち向かう物語」が満ち溢れている。

多くの場合、それらは良い結末を迎えるものなのだが、これが現実世界の事柄となると、他人さまの人生を破壊し、それによって自らも (社会的に) 破滅する選択肢だけが、しかし最もマシな道である、ということもあるようで、ただただやるせなく、虚しいだけである。

それと、「損得で天秤にかければ割に合わないことは明白なので殺人は良くない」とか言っていた『ひぐらし』の作者って (「人間賛歌」とかおだてられていた割には) 全然たいしたことなかったのだな、と突如、意味もなく思い出した。



それにしても、(特に現代日本においては) 「加害者」という立場は圧倒的に重い。

それは例えば、戦後、日本という国全体がひとつの「加害者」となったことからも見えてくる。

「加害者」という立場自体を否定し、とにかく自分たちは正当であったという「愛国史」を書き上げようとするウヨク。「加害者」という立場を受け入れることをある種の免罪符として「過剰な」平和主義に走るサヨク。

どちらもすでに狂気じみてきていて、ただウンザリさせられるばかりなのだが、これが「加害者」という烙印の重荷からくるものだと捉えれば、人の世の悲哀であるようにも思える。

人間は「加害者」そのままでいること、つまり (事実がどうであれ) 「他人さまから恨まれる」ことに、やっぱり耐えられないのかもしれない。

まあ、それとともに、さすがにもう「わたしたちが直接、関わったことでもないのに……」という「納得のいかなさ」が根底にあるのかもしれないが。



あと、これはあまり関係ない話だが。

この宇宙の大部分を占めるとされている「暗黒物質」。これ、別になにかダークで怪しいものというわけではなく、「存在はするらしいけれど、正体がまだわからない」という意味で、「暗くてまだ見えない物質」=「Dark Matter」と呼ばれているらしい。

そこから転じると、人が仰々しく「ココロの闇が……」とか語る場合、それはただ「自分には良くわっかりませーん!」と宣言しているだけのことなのかもしれない。

具体的になにかを指し示しているわけでもない、あまり意味のないことばだなー、と。人目を惹く見出しのインパクトとしては有用なのかもしれないけれどさ。



00:22  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)
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