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2013.09.22 (Sun)

休業 Flyaway-NOTE

「PS4 や XBOX One が来年発売だから」と、今年も欲を出して『Tokyo Game Show 2013』に行ってしまいました。9月も後半ということで、真夏と変わらないような天気ではなかったことは幸いでしたが、それでもやっぱりヘロヘロになりました。もし雨が降ってくれたなら、行かなくても良かったのになー。まあ、充実感はそれなりにありました。

とりあえず、CAPCOM の新作『ガイストクラッシャー』のステージで「生・吉沢亮さん」を、スクエニのステージで(人数制限で弾かれたので、なんとか周りに群がって聞こえない音声を拾っていましたが)「生・下村陽子さん」を見れて良かったです。いや、むかしスクエニのイベントで下村さんにサイン入りクリアファイルをもらって、握手もしてもらったはずですが。

それと、スクエニブースの Trailer もチェックしました。PS4 に移行してナバリングタイトルに昇格したとは聞いていましたが『FINAL FANTASY XV』はスゴかったです。画面内の情報量の密度が段違いで、アクション大作映画のクライマックスが延々と続いているようなてんやわんや具合でした。そしてその後に観た『Lightning Returns』がどうもショボく感じられてしまうという刷り込み現象。PS3 作品としては最高峰のはずなのですけれどね。後継機の前では「なんか画がおとなしい」というかね。しかし、そんなにみんなライトニングが好きなのでしょうかねー。


それと実は、あ、時間が……。



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2013.09.22 (Sun)

King of the monsters-NOTE

『Monster』(日本語吹替版)を観た。

Charlize Theron と「ハリウッドの安達祐実」こと Christina Ricci が共演した映画で、Aileen Wuornos という連続殺人犯の女性を描いている

この作品は「善悪について」はもちろんのこと、「善人(または「善」そのもの)の限界」や「この社会のなかで純粋であるということ」までもを考えさせられる内容になっている。特に最後に振り向く人物の表情は、「だれが(あるいはなにが)モンスターなのか?」という問いをこちらに突きつけているように思えてならなかった。

甘ったるい物語では決してないが、これはぜったいに観たほうが良い。







NHK が「いじめをノックアウト」というキャンペーンをやっている。要は「みんなでいじめをなくしていこう」というわけだ。

「いじめがなくせるか・なくせないか」どうかは、中学生でも言えるようなことなのでここで語る必要もないだろうが、仮に教育現場でのいじめを最小限まで抑制できたとしたら社会はどうなるのか、という疑問がふと芽生えた。

「青春」というものはやっかいなもので、人生全体から見ればそれほど長い期間でもないのに、そのなかでの体験は一生つきまとうような強烈な印象として残るものである。

そして現代日本の状況でいえば、青春期の舞台はほとんど学校のなかということになる。学校生活の過ごし方が、その後の人生を決めるといっても大げさではないだろう。実際、生徒時代に受けたココロの傷で苦しんでいる人はいくらでもいる。

だからこそ、ほんとうに学校から悪口やちょっとしたからかいのような「小さな悪」すらも駆逐できたとしたら、そしてそんな「理想郷」で青春時代を送ったコドモたちがオトナになって社会の中核になったとしたら、いまとはまったく異なる世界になるはずだと思わずにはいられない。まあ、だいぶ短絡的な予想だという自覚はあるが、それでも「教育」のちからというものは(良くも悪くも)侮れないものである。

とはいえ、ほんとうに悪口や悪ふざけ程度のことまで取り除いてしまったら、そちらのほうが恐ろしい影響を与えかねないとも思うが。いじめや体罰を教育現場から遠ざけるべきなのは当然なのだが、芽を摘むどころか枝ごと叩き落とすようなことをしては、それこそ窒息してしまう。

だいたい、人間の生活というものは悪口で回っているような側面もある。オトナというものは悪口が大好きなのだ。下手に吐き出さないでいると病気になる。そういう現実まで見越しての「浄化作戦」なのだろうか。ココロが善いとか悪いとかの問題にしてほしくはないな。



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2013.09.19 (Thu)

映画館でかかっているものが「映画」であるとは限らない 13.09.14-NOTE

もしも気になる映画が公開したのなら、映画の上映スケジュールなんて二週間先くらいまでならすぐに調べられるのだから、こまめに Website を覗いて、良い感じの頃合いを把握しておくことが大事だなあ、とギリギリのギリギリまで放っておいたわたしは思いました。


わたしの感覚では、本編の料金とパンフ代を合わせて 1,800 Yen くらいなのが、いちばん納得できる額なのですよねー。だから、大人料金 1,800 Yen というのはなー。実際、1,000 Yen で鑑賞できるのに、それよりも 800 Yen も高い。日に三本観るとすると 2,400 Yen 。もう一本観てお釣りがくるっちゅーねん。高級な娯楽だわ。

パンフ集めも止められませんし。作品ごとに色が出ているし、多く集めることで気づくこともあります。Disney 配給のアニメ映画のパンフは、小さめの判でほぼ統一されているとかね。




劇場版 獣電戦隊キョウリュウジャー GABURINCHO OF MUSIC
劇場版 仮面ライダーウィザード IN MAGIC LAND


今年、始めて DVD 付きのパンフを買いました。あの通常版より三倍高いヤツ。中身が変わらないとはわかりつつも、手を出してしまいますよね。ただこれは「愛」ではない。

まずは「強竜者」。宣伝などでは「ミュージカル」を謳っていましたが、ミュージカルではなかったですね。歌が主軸に置かれていてただけです。ミュージカルとは、気持ちの昂ぶりを歌で表現するものだそうで、例えば戦闘の最高潮でいきなり歌いだすとかしないとね。まあ、そんなことはムリでしょう。

舞台挨拶だかで竜星涼さんが触れていたように、相変わらずの上映時間 30分くらいなので、なんだかテレビ放映の都合で本編がカットされたかのような早足感の否めない展開でした。まあ、それでも良く盛り込んだねって感じでしょうか。やっぱりスポットを見るだけで内容がほぼわかってしまうとはいえ。オトナには退屈だわな。

それと、ひさしぶりの「生身の女幹部」であるディノガールズのおふたりさんを見て、『本気』のバンキュリアの「ナイとメア」を連想して、ホラン千秋さんのことを思い出し、今日の『ミラクル 9』では振るわなかったなあ、とかどうでも良いですが。でも、考えてみると、わたしのリアルタイム視聴も長くなったのだな、と。

なんだかんだいって、 Ending のダンスは楽しかったですよ。『ウィザード』の後に流れるのかと思ったら、そうでもなかったのですが。


つぎに『ウィザード』。なんか『W / Double』ぶりにノイズの少ない「劇場版」だったなあ、と嬉しくなりました。いつもの「パラレル世界もの」といえばそのとおりなのですが、「魔法」というある意味「なんでもアリ」の設定だったら、世界を書き換えることくらい、逆に違和感がないというか。

前半ちょっとコミカルで、そのうち切ないはなしも挟んできて、「なんかファントムって肩身狭くね? 幹部全員たおされちゃうし」と思ったら実は……という展開で、失礼ながら「香村もやればできるじゃん」と上から目線でつぶやいてしまったりwww

「晴人とコヨミが、おたがいに伸ばした手をつなぐ」というシーンがこの映画で二回、テレビ放送中の本編最終回でも一回あったので、ここになにかしらの意味があるのでしょうね、きっと。香村さんはふたりをどうしてもくっつけたがっていたそうですし。、まあ、なんか『OOO』っぽいはなしですが。

あと、今回は本編放映時期がズレて(夏の劇場版と最終回が重なるようになって)始めて「新ライダーが乱入してこない」作品となりました。これもなんか節操のある展開だなあと思っていましたが、本編最終回後の番外編(4クールドラマのくせに、つぎのシリーズ開始が 10月ってどう考えても日が開くのにどうするのだろうと思っていたら、#52, #53 は『DCD』的な番外編を放送するようです)で『鎧武』をお披露目するようです。このスケジュールだから、劇場版での初出しはなしになったのでしょうね。劇場版と『鎧武』本編の開始時期が 2ヶ月も差があると、情報公開上の問題もでてきそうですし。

全体的には良かったと思いますよ。ゲストさんも存在感ありました。いくら世界を恨んでるからって、けっこう人を殺しているのに悲劇の主人公みたいになっていたのはアレですけれどね。パラレルだから良いのか。




Monsters University <吹き替え版> / The Blue Umbrella

まず、いつもの冒頭の短編『The Blue Umbrella』がすばらしかったです。あまりにリアル寄りな画なので、てっきり現実の映像に CG を合成しているのだと勘違いしてしまいました。降ってくる雨の表現や人物の造形を見て、やっと CG なのだと認識できるくらいの作り込みで、ヤバいですこれは。

で、本編。やっぱり開始直後に泣くという、わたしのバカ目。『MU』の公開を記念してテレビ放送していた『Monsters, Inc.』の最後に『MU』本編の冒頭部分を特別に公開していて、当然おなじのをもう一回観ているというのに、それを思い出して泣くいう。わたしはもうダメだ。

まあ、そのうち学生がキャッキャしだしたら笑っていましたけれどね。でも、ダサいチームが努力したり個性を発揮したりして、最終的にイケてるチームに勝つっていうのは、現実ではやっぱりありえないよなあ。癒しのための「甘い嘘」ですね、これも。

続編ながらプリクエル(前日談)ということで、いろいろと見たことのあるモンスターやキーワードなどがいろいろと出てきたりします。ただ、前作ともつながりを守らなくてはならないというのは、制作の上ではけっこう足かせになりますよね、きっと。自由に伸び伸びとはいかないし。

そういえば、Pixar は今後、新作と続編の二本柱でやっていくようです。もちろん、クオリティを落とさないように努めてくれるのでしょうが、作品のなかで完璧に完結した作品の続編を作るというのは、どうなのかなあとちょっと心配になります。乱造でツマラナクなったら、ジョブズさんも泣くぞ。

個人的に「怖がらせ大会」の MC だったパンクっぽいオンナノコが可愛かったです。あと、ランドールもあの後「MU」で悠々自適にやっていた(スネオみたいな立ち位置だけれど)だろうに、「Monsters, Inc.」に入社したらあのマイクとサリーが活躍していて、それもまたジェラシィに火をつけたのだろうなあ。

マイクはマイクで、前作ではオチャラけたひょうきんものっぽいキャラでしたが、学生時代は努力型の優等生(ただし、周りからどうにもナメられている)だったのだと意外でした。

たぶん、さすがに一作目の続きは、あの結末からすると難しいかな。まあ、Disney/Pixar 作品はこれからもいくつか控えているらしいので、それで良いのですが。



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2013.09.14 (Sat)

レビューの未来 その一片-Free Novel Games

わたしはいままで、他人さまが書いた物語に読み手なりの解釈を好き勝手に付け加えるのは失礼なことなのだと思っていた。作品内のシーンにはすべて、書き手なりの明確な意図が託されていると信じていたからである。いわば、その意図こそが作品の「正解」で、それを無視するようなかたちで別の解釈を挟み込むのは良くないのではないか、と考えていた。

しかし、例えばガムベースさんは『笑わない』のなかのいくつかの展開を描いた理由を「良くわからない」「覚えていない」と証言しているし、また、作家の吉田修一氏も、自らの作品の登場人物を指して「この人がなにを考えているのか、良くわからなかった」「わからないのものをわかったふりしてごまかすのではなく、わからないそのありのままを書いてみようと思った」といったような意味のことを NHK のインタビューで語っていた。どうやら、書き手自身も作品のすべてを把握しているわけではないようである。

もしも、作品に書き手の手の内にない未知の領域があるのなら、その部分を補うために、読み手が自分の解釈を持って作品を語ることも許されるような気がしてくる。書き手(制作者)が作品の直接の「生みの親」なら、読み手はそれを育み新たなステージに押し上げる「育ての親」。作品は公開とともに完成するわけではないのだ。

では、「ふたりの親」のあいだにいるレビュアーの役目とはなにか。それは、作品をより豊かなものにするため、読み手の多様な解釈を導く「道標」を立てることではないだろうか。もちろんその道標、つまり作品評は、ある程度の説得力と作品に対する敬意 () を持ったものであることが好ましい。カタログのキャプション程度のものではなく、レビュアー自身の生きた「感想」であることが望ましい。


「良い点・悪い点の併記」「ある水準に達した作品は推薦」「プレイヤーは制作者に敬意を! 制作者はプレイヤーに敬意を!」といった「NaGISA の大先生サマ」や道玄斎さんのレビューは確かに「公正公平」かもしれないが、どうにも「色気」がない。読み手を惹きつけ、ときめかせるような「色気」が、である。

これらのレビューを参考にしているプレイヤーも、いつのまにか「安全牌」ばかりを求めるようになり、挙げ句の果てには大手レビューの更新が滞りだしたくらいで Free Novel Game が下火になったのではないかと憂いてみたりするのである。アホか。依頼心が強すぎる。

まあ、どうせなにを書いたところで知名度でもアクセス数でも負けている現状では、傍から見れば「遠吠え」のなにものでもないのだろうが、Free Novel Game 界隈が本格的にツマラナくなるまえに、新しい道を模索してみるべきだろう。あなたにもきっと出来る(丸投げ)。



23:58  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2013.09.14 (Sat)

その名は絶望-Hell in the mind.

映画館のポイントが半年経過したことで失効していた……。

どうせ、サービスのリニューアルとかで、来年の春になったら古いカードのポイントはリセットされるらしく、時が来ればパーになるのはおなじなのだが、それにしても!

指定された日にちや時間帯の上映なら料金割引が適応されるので、どっちにしろ上手くやりくりすれば正規の大人料金より安く鑑賞するくらいのことは余裕なのだが、それにしても!

前回は IKSPIARI に観に行ったから有効期限を延長できていなかったのに、すっかり忘れてたんだもんなー!

コツコツ貯めた 190 points... うごごご! だいぶ死にたい!



わたしの「映画一本 1,800 yen」という価格設定に対する抵抗感がすごい。

でも、スケジュール的にもう後がないんだよッ! 週明けはアウトなの!

「酷暑」も「未成年どもの夏休み」も、大嫌いだッ!



00:11  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2013.09.13 (Fri)

「カワイイ区」は あきらめきれない 夢か-NOTE

「シャワーヘッド、4,000 Yen はちょっと高いから、また今度にしよう」と言ったその一時間後に CD Album 2枚 4,000 Yen 分を買っているわたしは馬鹿じゃねーのと思う。

無制限に買い物をしても痛くも痒くもない立場になりたい。つまらなそうだけれど。







滝クリが五輪招致のプレゼンで使った「お・も・て・な・し」がちょっとした話題になっているようだけれど、日本人って、すぐに帰るゲストにはとてつもなく親切でも、それがいざ自分の生活圏やテリトリに入ってくると途端に苛烈に悪感情をむき出しにするところがある。海外の人たちが褒めるのならまだしも、なんでもない日本人がそれに乗っかって自画自賛するのはちょっと気持ち悪いな。

それにしても、夕方のニュースだかで、こどもを中心とした市民が、東京五輪で訪れるであろう外国人のために「おもてなしの心」で街の落書きを塗り消す、というようなことを紹介していて、その大仰さに笑ってしまった。どうせ五輪はまだまだ先のことだし、フツーに「景観を守り、美化に努める心」じゃいけないのかな。







どこか家庭に居場所がないように感じられて、街を「漂流」しているコはまだまだたくさんいるのだろう。

複雑な家庭環境から必死に逃げ出しているコもいるのだろうが、なんとなく両親と「ノリ」が合わない、といったことが理由になっていることもあるように思える。

やたらと仲の良い親子は、やはりおなじような「ノリ」を共有できているものである。別に、実の親だからといって「ノリ」が継承されるわけでもなし、価値観の齟齬はツラいだろうなあ。







「NaGISA の大先生サマ」の物言いがどうも上から目線で気に喰わないと思っていたけれど、もしかしたら高圧的で説教臭く見えるのは文章からの印象だけで、口調や声色やジェスチャ、こどもにウケの良い人柄や容姿 () がそこに付け加えられれば、また違った感覚になるのかなあ。



02:04  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2013.09.12 (Thu)

「ノベルゲームは衰退しま」すか-NOTE

いまさら、アヤメさんの Blog にトラバすれば良かったと気がついた。

普段使いしない機能だから忘れてた。やりかたもいまいち知らないし。

あとアヤメさん、どうぞお気になさらず。







ガムベースさんの提案に「イイですね!」とノっておいてなんだが、制作者とレビュアーの関係について考えること、というか、ノベゲ自体に関しての意欲が下がっていることは事実である。

他人の作品を読んで自分なりの感想を持つこと、そしてそれを(製作者にキレられるリスクを負いながらも)表現し公開することにどれほどの意味があるのかと、意味もない哲学をしてしまうような今日この頃なのだ。

神と悪魔が闘っている。そして、その戦場こそは人間の心なのだ(ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」)」という使い古されたことばになぞらえるなら、レビュー活動とは「表現欲求と良心との葛藤」の闘いなのである。すくなくともわたしにとっては。




(毎度おなじみ、むかしのスレッドを持ち出して申し訳ないが)ここで論じられている、というか「NaGISA の大先生サマ」が主張していることは「社交」の心構えである。要は「どうすれば嫌われないか」とか「コミュニティに貢献できるか」とか、そういう観点からの論理なのだ。

だが、「表現」とはそもそも、他人におもねるような性質のものではない。自己との対話、あるいは「闘い」である。それは善悪を超えている。むかしから、良識派や老人たちから毛嫌いされるような表現活動はあった。例えば時代を席巻した音楽などがそうだろう。だが、世間からの風当たりが強いからといって、彼らが自分たちの信じる表現を止めたことがあっただろうか。

そうやって突き詰めれば、それが例え他人の作品を扱うレビュー活動であっても、それを「わたしの表現」として(どんな仕上がりであれ)かたちにすることは可能なはずなのである。当然、そこまで強い意志のなかから紡ぎだされるものなら、自然と「責任」も付随してくるはずである。


「ならそれで良いじゃん」で済みそうなものだが、現実はそうもいかないよねー。制作者さんが愚痴っているのを目にしたりすると特にね。やっぱり、嫌われるのってコワイじゃんwww

まあ、レビューうんぬんのことは、「愛情」とか「敬意」「礼節」といった「おキレイなことば」ばかり使っていると、つまり道徳を基準にはなしを進めていくと論点がボヤける(=「従わないものは悪」となるだけ)ので、そういうものに依っている時点で発展はないな、とは、いまは思っているけれどね。「ネトウヨ」さまは「義務義務」ってうるさいなー。

それにしてもオモシロイのは「作者は、自由に作って公開したからには、いかなる感想が書かれる事も受け入れなければなりません。当たり前です。それを規制したら、どこかの独裁国家になります(ですから、作者に批判的な事を書くな、というのは、絶対に受け入れられません。それはレビューではなく「広告」です。それなら、作者さん自らで、存分におやりなさい)」こうやってご高説を垂れてくださった「大先生サマ」自身のレビューが、全方向に嫌われないための自己規制のせいで、すでに「広告」以外のなにものでもないレベルに没している現状である。彼のレビューを読んで、(ノベゲに関係するものとしての)なにか新しい地平が拓けるということはこの先ない、と断言できるだろう。ほんと、読みやすいだけで色気のない文章だわー。


でも、考えてみれば『ノベルゲームは衰退しました』って作品は、字面だけでいえば「レビューのあり方」を問うだけのものでなくても良いのだな。アニメ化もされた元ネタのラノベのことは良く知らないのでアレだけれど、「Free Novel Game 全体のディストピアもの」だと思えば、なんとなくイメージが湧いてくるかもしれない。







何と言う馬鹿馬鹿しさだ。付き合いきれん。人間の言葉は分かるが、人間の気持ちを理解しない生物と会話したらこうなんだろうなと思わされた。信じ難い。有り得ない。 (レビューはどうあるべきか 27件目 - Novelers' cafe

有尾さんは怒ってくれたけれど、このことばを読み返すたび、わたしは「自分の正しさ」を信じてみようと思えてくるのだ。これは金言であるwww



02:16  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2013.09.11 (Wed)

「夢」はもはや 物語のなかに しかない-NOTE

冬生まれさん、ありがとうございます。どちらも合っていますよ~!

自分の誕生日を覚えていてもらって、それを祝ってもらえるなんて、とても嬉しいです!

ちょっと泣きました。いや、これは盛りました。







ジャーナリズムの論法で語られるものはともかくとして、物語性を持つすべての事柄(さまざまな媒体のドラマであっても、歌の詞であっても)は人間を癒すためにある。例え血みどろのスプラッタや欝展開まっしぐらのダークさといった一般受けしづらいジャンルであっても、そこに癒しを見い出した人は熱心に支持するだろう。受け手が物語に価値を与えているともいえる。

そしてもちろん、癒しはフィクションの「嘘」だけに留まらず、現実を切り取った物語でもおなじことである。2020 の東京五輪は「庶民の癒しへの願いが招いた」と言っていた人がいて、なるほどと思った。みんな、日本や五輪の内情などは置いておいて、とにかく「夢」と「感動」という物語に癒されたいのだ。

それと同時に、物語を描く側、ノベゲでいうところの制作者もまた癒しを求めているのかもしれない。自作品に対するレビューや感想文を読んで必要以上に傷ついてしまうのは、その内容やことば遣いといった表面的な問題ではなく、もっと根源的な「創作行為という自分の癒し」を邪魔されたと感じるからではないだろうか。他者が介入してこようとすること自体が不安なのだろう。

ただそうなると、レビュアーと制作者の対立は、ある意味では防ぎようがない、必然的な事故ということにもなる。なかなかの地雷原である。



23:12  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2013.09.10 (Tue)

TDL よりは 年下だった-NOTE

正直なはなし、誕生日が来て嬉しいのって、せいぜい 18歳までだと思う。

まあ、政治家になりたかったら、もうすこし後までか。

加齢って、社会的な活動制限をアンロックするだけのことでしょ。


この一年、特になにか成したわけでもないので、ここに書くようなこともない。

じゃあ、今年中になんとかしようと、また先延ばしにするだけのこと。

というか、さっき『リンカーン』が終わったけれど、8年前からなにも進歩していないから、

つぎの東京五輪のときもまた、この程度のわたしだったりして。それは困る。


でも、とりあえず生きていく。皆さんにも幸運を。



23:08  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2013.09.09 (Mon)

以前 禁止語句について 書いていた気が する-NOTE





コメントを書き込もうとしたら禁止ワードを理由にキックされ続けたので自分んちで書く。

FC2、禁止だ禁止だというのなら、せめてコメント内のどの語句が禁止指定されているのか示してくれれば良いのに。現状、手探りで消したり変えたりしなければならない。しかもコメントがキックされて Blog に反映されなくても、コメント自体は送信されているようなので、保存した分だけおなじような文章がいくつも管理者のほうに残る。嫌がらせか。







こんばんは~。

このエントリで使われている素材、良い感じですね。どこかのサイトで公開しているものでしょうか。それともウディタの公式コミュニティかなんかで配布されているのでしょうか。




前回のウディタ記事、コメント欄無効なので書き込めませんでしたが、ここでついでに。

属性ゲージのリアルタイム増加、なかなかスリリングでおもしろいシステムだと思いますが、ほとんどリスクしかないというのではゲームとして成り立ちません。リスク・リターンが明確でなければ、ただのストレス要因 & 無駄システムです。

例えば、属性ゲージが多く溜まっているほど経験値やアイテムのドロップ率に補正が入る、あるいはパーティキャラの(対応した)属性レベルが上がるなどの「全滅の危険を犯すだけの付加価値」がつけばシステムとして機能するのではないでしょうか。

属性ゲージの増加速度が調節できるのなら、戦闘終了までにかかるターン数を考慮した「タイムリミット」のようにすると良いかもしれませんね。ちょっとモタついているとヤバイくらいの。これならザコ戦も(倒すタイミングに気を遣うので)作業化しにくいはずです。

ただ、それだと時間のかかるボス戦では明らかに不利すぎるので、属性ゲージにダメージを与えるスキルを設けるか、あるいは支援メンバーが自分の属性のダメージを何回か肩代わりしてくれるとかすると、戦略性も増して良いかもしれません。


アヤメさんの技術力はさすがで、画像を見るだけでも改造による「ちゃんとしてる感」は伝わってくるので、それがきちんと「ゲームとして」結実するようにと、これからも応援していますよ~。



22:26  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(3)

2013.09.09 (Mon)

人の世の親切心-NOTE

以前、エントリ内でリンクさせていただいた Javelina さんのご厚意で、maku puppet 本体のサイズを変更する方法を伝授していただきました。



maku puppet (マクパペット)を拡大表示する方法|Devilish Design
http://devilishdesign.net/misc/maku-puppet-zoom_in/



どうやら、作成した maku puppet のソースコード自体を書き換えるという、ちょっとした裏技を使うようです。とはいえ、上記リンク先で Screen shot を用いて丁寧に解説されているので、そうむずかしい作業ではないでしょう。

maku puppet は Flash 製なので、拡大しても画質が荒れるようなことはないそうです(まあ、シンプルなデザインなので、あまり拡大しすぎるとさみしい印象になるかもしれませんが)。

これならノベゲのキャラクタアイコン、あるいは小さい画面サイズなら立ち絵としても充分、機能するでしょう。カスタマイズアイテムの傾向からしてファンタジィ色が強いですが、組み合わせとアイディア次第で現代劇でもいけるはずです。なによりインパクトがある。一般的に使われている立ち絵ジェネレータと比べても、個性をより強く出せそうです。

今回のように半分諦めていた事柄で、思ってもいなかったかたちで道が開けると、嬉しさもまた格別ですね。意欲も湧いてくるというものです。


最後にあらためて、Javelina さん、ほんとうにありがとうございました!



21:57  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2013.09.08 (Sun)

「すべてが『正義』だ」の精神か?-NOTE

asbre





『JoJo's All Star Battle』のコンボでも覚えようかと Wiki を検索していたら、ゲームの出来がダメすぎて「炎上」状態になっていると知ってビックリしてしまった。





わたしは無邪気に「うれしいたのしい大好き」と浮かれていたのだが、上記リンク先では、ほとんどのレビューが怒りと罵声に溢れている。わたしとおなじような感覚(いうなれば「限定的な肯定派」)でいるユーザーは驚くほど少ないようだ。

もちろん、憤りに狂っている人々の言い分もごもっともなものばかりなので、制作側に「おまえの罪を数えろ!」と詰め寄ることを止めはしないが、わたしの「金銭的損得」や「(ゲームデザインが)許せる・許せない」のラインは一般的なそれと比べて若干、ズレているのかもしれないと複雑な気分である。

個人的に「生き銭はいくらでも払え」という母から受け継いだ「無言の教え」のせいで、素直に納得できたのなら、わりと値段とかどうでも良くなってしまう性質なのだ(もちろん後悔することも多い)。高額の DLC は若干ムカつくけれど、たぶん課金するのだろうなあ。フーゴ、イギーはそれほど惹かれないけれど。


しかし、ここまで大量の「怨霊・生霊」がついてそうなゲーム、続けるのもなんだか悲しくなってくる。テンションダダ下がり。奇跡的な Update を願う。じゃあフリゲしな。



03:02  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2013.09.05 (Thu)

おまえは『磔刑』だーーーーッ!!-NOTE






『JoJo's All Star Battle』のメインモードである「CAMPAIGN」がオンライン常時接続必須のため、発売日からほぼ PC を立ち上げていなくて、いろいろとごめんなさいです。ワテクシ、有線一本でまかなっております。

この「CAMPAIGN」、時間経過(通常は 20分刻み)で回復するエネルギーひとつにつき一回、CPU と対戦がすることでき、それによりプレイアブルキャラクタのカスタマイズアイテムを獲得できるという、いわゆる「F2P」方式をとっていて、当然すぐにエネルギー回復したい場合は課金する必要があって、なんだか若干アレな気分なのです。欲をかかなければ良いのですが。

さらに困ったことに、「CAMPAIGN」は配信によって追加される「弾」があり、その「弾」毎に設定されたボスを撃破することでカラーやコス、勝利演出や挑発などが追加されるのです。

とはいえボスは数体、プレイアブルキャラクタは 30体以上と数がだいぶ合わない。これはつまり、「現時点ではろくにカスタマイズができないキャラクタがいる」ということになるのです。というか、「大統領」がそのなかに入っているーッ! 使うとしても、ほぼ「素」だぜーッ!

これからすぐに第二弾が配信されるとは思えない現状、なんだかイライラヤキモキしてしまうのです。まあ、小出し配信で長ーく遊んでもらおうという意図はわかるのですが、それにしてもーッ!


そのうちオンライン対戦にも挑戦しようと考えているので、プレイ中の方がいらっしゃいましたらヨロシクです~。つーか他のこともやれよ。誕生日来るぞ。



01:44  |  +はしがき  |  Trackback(0)  |  Comment(0)
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